「いつもありがとう」「いつもご苦労さま」そう声をかけられると嬉しかったり達成感があったり明るい気持ちになりますよね。
言葉で言ってもらえなくても労わりや感謝の気持ちを向けられて嫌な思いはしない人がほとんどでしょう。
実はそれ人と人の関係だけの話じゃなくて人と物の関係にも言えることかもしれません。
日頃から使うもの、大切にしていますか…?今回は「針供養」という小さな針1本大切にする日本の文化について紹介していきます。
針供養ってなんですか?
その昔から着物の仕立て直しや繕(つくろ)い物、戦時中は千人針など針仕事は女性のものとして日常に浸透していました。
ミシンや接着糊などなく、裁縫ができないと生活ができなかったと言っても過言ではない時代もありました。
布製品を量産し格安で手に入れることが可能になり使い捨ても珍しくない現代では自宅での針仕事も随分減りました。
それに伴って針供養(はりくよう)という言葉自体聞いたことがない人が増えたのも事実ですし当然の事でしょう。
なのでまずは針供養とはどういうものなのかをご紹介します。
東日本では12月8日、西日本では2月8日の事始め(ことはじめ)に名前の通り針を供養する行事で、1年間使った針に対してお世話になりました、と労いと感謝の気持ちを込めてこんにゃくや豆腐または餅など柔らかい物に刺した後神社に納め丁寧に供養してもらい川に流したり燃やしたりします。
納める神社が近くにない場合は自宅の神前でも問題ないようです。
柔らかいものに刺すのも単に刺しやすいからという理由ではなく、せめて最後だけでも柔らかい物に刺さって楽にしてくださいという一年間の労いと感謝の表しです。
針を供養するのとあわせて裁縫の上達を願うのも針供養の大事な目的です。
小さな針1つでも大切にし、技術力の向上を祈願する針供養はまじめで丁寧な日本の性質が顕著に現れている文化ですね。
針供養の始まりと言い伝え
針供養とはいったいいつから始まった文化なのでしょうか。
針文化のルーツと関連行事を紹介します。
中国の「社日(しゃにち)に針線を休む」という針供養に似た風習が平安時代に伝来し、日本の文化と混ざったのが始まりで江戸時代に「針を労い裁縫の上達をお祈りする祭」として世間に広まったと言われています。
内容も現代とは大きく変わらず針を柔らかい物に刺して休ませ、供養したのち塩を振って土に還すか川に流していたようです。
起源がはっきり分かっていない針供養にはもう1つ東北地方の言い伝えがあり、姑にいじめられていた嫁が針山の針を盗んだといわれのない罪を着せられていまい羞恥に耐え切れず海に身を投げて死んでしまった。
その日が2月8日だったことから供養が始まった。
という内容です。
針供養が行われる事八日は一つ目小僧やみかりばば、疫病神など地域によって異なりますが妖怪や厄神が家を訪ねてくる厄日とされていました。
それらを払うために神様が訪れる目印と言われていた目籠(めかご)を竹竿にくくりつけた物を町中に並べたりニンニクや鰯の頭、ヒイラギなどを戸口に吊るしていたようです。
事八日は山に入らない、針仕事はしないなど日常的な行動を慎み穢れを避ける物忌(ものいみ)の日でもありました。
地域によっては恵比寿や大黒、山ノ神が訪れると言われていて赤飯やお団子を家に供えて歓迎する文化もあったようです。
現代でも事八日は庭先にニンニクや目籠を置いておく文化が残っている地域が多数あります。
また事八日には穢れを清め無病息災を願いながらお事汁(おことじる)を食べる文化があり、これも根強く現代に残っています。
言ってしまえば野菜たっぷりの味噌汁のことで「六質汁(むつじる)」という別名もついています。
本来は芋、大根、にんじん、ごぼう、小豆、こんにゃくの6種類の具を入れたものを指しますが地域や家庭で若干の違いはあるようです。
たっぷりの根菜に小豆の入った味噌汁は想像するだけでも体の芯から温まりますね。
おわりははじまりでもあるのです
先ほどから書いている事八日とは何なのか、また何故事八日の日にちが西日本と東日本で違うのかも解説していきます。
事八日はこの日が事始め(ことはじめ)であり事納め(ことおさめ)ですよという意味の表現になり、12月8日と2月8にちをまとめて事八日と呼びます。
そして東日本と西日本では「事」が何を指し、意味するのかに違いがあり東日本では「事」という字が神様を指すので、新しい年の年神をお迎えするための準備、正月行事(しょうがつぎょうじ)が始まる12月8日を事始めとし、後片付けを含め正月行事が全て終了する2月8日が事納めになります。
西日本では「事」という字が人を指すので、農作業など日常の仕事を終える12月8日が事納めになり、正月行事が全て終了して仕事などの日常が始まる2月8日が事始めになります。
神様の始まりは人々の生活の終わりを、人々の生活の始まりは神様の終わりを意味します。
例えば東日本に住む人の感覚で事始めに針供養をしていても西日本に住む人からみれば事納めに針供養をしているように映りますしその逆にもなります。
自分の住んでいる地域の事始めはどちらになるのか確認してみましょう。
女性の頼もしい味方の神様
針供養で有名なものといえば淡島神(あわのしまかみ)の正体だという説がある少彦名命(すくなひこなのみこと)が祭神の神社です。
この神様は大国主命(おおくにぬしのみこと)の国造りに協力した神様の一人で知恵と技術に富んだ存在だったと言い伝えられていて医療や芸術、技術の神様とされています。
技術に富んでいたという言い伝えが女性にとって基本の技術でだった裁縫と結びつき針仕事の守り神として拝まれるようになったと言われていたり、初めて裁縫の道を開いた神様だという説があったりさまざまな言い伝えや伝説があります。
神のみぞ知る、ですね。
淡島神社系統の総本山は和歌山県和歌山市にある淡嶋神社です。
毎年の事八日に納められた針は丁寧に供養してもらえるようで針供養の件数が減った現在でも服飾関係の仕事に就く人たちがよく参拝するそうです。
婦人系の病気の回復や妊娠、出産にもご利益があると言われる女性に嬉しい事がいっぱいの神社です。
人形供養でも有名でユニバーサルスタジオジャパンのハロウィンのイベントで一時期話題にもあがりましたね。
淡島系統の神社は全国に千社以上あるそうなので自分の住んでいる地域の神社を探してみるのも良いですね。
針供養、してみませんか
針供養の件数は年々減っています。
物が増え、便利になった現代では針一本でも大切にという気持ちが薄らいでしまうのは仕方がない事なのかもしれません。
しかし針供養の起源や関連行事を見てみると精霊や妖怪、神様が関わっている言い伝えがたくさん出てきます。
神聖な神の存在と物を結びつけたり、おざなりにすると厄介な妖怪を持ちかけたりというのはそれらが存在するしないに関わらず物や道具を大切に扱ってきた証ではないでしょうか。
物を大切に扱う丁寧な気質や姿勢は是非守っていきたい日本の美しさのひとつですね。
供養と聞くと形式やルールが守れるか不安に思ったり遠ざけたいと思ってしまいますが一番大切なのは気持ちです。
小さな針一本でも元を辿ればどこかで誰かの手によって作られた作品ですしこの世からなくなってしまっては困る存在です。
ご家庭に小さなお子さんがいる場合は特に針供養をお勧めします。
「○○ちゃんの服のボタンを縫い付けた針だよ、ありがとう。」など声掛けをしながら物を大切にする気持ちを共有できる素敵な時間になるのではないでしょうか。
形式や順番はいったん置いておいて「ありがとう、ご苦労さま」と気持ちを込めて自宅にある柔らかい物に針を刺すだけでも改めて物の大切さが認識できるでしょう。
気持ちはやがて言葉になり、行動に移ると言われています。
身の回りの物を丁寧に扱おうという気持ちが行動に反映されたら毎日充実して過ごすことができそうですね。
まとめ
以上が針供養の由来や内容の紹介でした。
生活に浸透している道具の代表として針を供養する行事になりましたが、事八日に一年お世話になった道具に感謝する風習が背景に存在します。
その事を踏まえてこの機会に生活や仕事をしていく中で何か1つでも大切に感謝しながら扱う道具を持ってみてはいかがでしょう。
労いは感謝に変わりその感謝は愛着へと繋がるものだと思います。
また既に長く使える道具や物を持っている場合は手入れの見直しや一言「ありがとう」と呟いてみるだけでも物に対する気持ちが変化するかもしれません。
物を大切にする文化を築いてくれたご先祖様と身の回りにある物全てに感謝できる丁寧な日々を過ごしていきたいですね。