秋のイベントといえばお月見。
秋は月がいちばんキレイに見える季節です。
お月見といえばお団子やススキを飾る風習がありますが、そもそもお月見の由来やお団子を飾る理由は何でしょう?また、十五夜の意味とは?ここでは意外と知らないお月見の由来や風習、お供えについて紹介します。
意味を知ればお月見をもっと楽しめますよ。
お月見の意味
お月見とは、お団子やお餅・ススキ・里芋などをお供えして月に祈りと感謝の意を表し、主に満月を眺めて楽しむことです。
月はどの季節でも見ることができますが、旧暦の8月15日の十五夜に秋の美しい月を観賞しながら農作物の収穫に感謝する行事で、この日の月は「中秋の名月」とも言われます。
縄文時代から日本では月が信仰の対象とされており、月の満ち欠けの合図で新月や満月の夜に多くの祭儀が行われていました。
万葉集などの和歌に月がよく詠まれていることから、お月見として広く親しまれるより以前から日本人には月を眺めて楽しむ習慣があったことが分かります。
古くから日本人と月には密接な関係があったのです。
お月見の由来
月を愛でる風習は縄文時代からあったとされていますが、現在のお月見のルーツになったのは中国の唐の時代に始まった中秋節という観月の宴と考えられています。
旧暦では1月〜3月が春、4月〜6月が夏、7月〜9月が秋、10月〜12月が冬とされてきました。
秋の真ん中、8月を中秋と呼び、さらにその真ん中の15日を中秋の名月と呼びます。
この中秋の満月を愛でる習わしが遣唐使によって日本に伝わり、平安時代に貴族の間で広まりました。
池に舟を浮かべ詩歌や管弦を楽しみながら酒を酌み交わす、貴族の遊びとして行われるようになりましたが、一般庶民にはまだなじみのないものでした。
この時代の貴族たちは月を直接見上げることはせず、池や盃に映る月を眺めて楽しむのが風流だと考えられていました。
特に天皇は、その身分ゆえ自分よりも上を見る(月を見上げる)ということはしなかったため、旧嵯峨御所の大覚寺には嵯峨天皇が観月で月を写すのためだけに造られた日本最古の人工池が存在します。
お月見の文化が庶民にも浸透していったのは江戸時代頃といわれています。
農作物の収穫時期とも重なることから豊作を祈る収穫祭として現在のようなお月見の風習に変化していきました。
いつするの?十五夜ってどういう意味?
十五夜とは本来、陰暦15日の夜(旧暦の毎月15日の夜)、満月の夜のことをさします。
現在では旧暦8月15日の中秋の名月のことを一般的に十五夜といいます。
十五夜は毎月ありますが、中秋の名月にだけお月見をするのは、秋は空気が澄んでいて月の高さもちょうど良いため、この日が一年でいちばん月が美しく見えるためです。
では、旧暦8月15日とは現在のいつに当たるのでしょうか。
太陽と月の満ち欠けを基準にしていた旧暦と、太陽の動きを基準とする新暦では毎年ズレが生じるため、十五夜も毎年変動していきます。
正確には9月7日から10月8日の間に訪れる満月と思われる日が十五夜とされます。
しかし十五夜は満月になるとは限りません。
月の動きの周期は、新月から次の新月まで約29.5日で、一ヶ月を表す30日よりも少しだけ短くなっているのに対し、十五夜は秋分の日以前の新月の日から起算して15日目と定義されているため月の動きの周期と多少の誤差が出てしまいます。
そのため実際には十五夜でも満月になるとは限らないのです。
十五夜の月がいちばん綺麗に見えると言われていますが、そのほかに十三夜・十日夜というものがあります。
十三夜とは十五夜の後に巡ってくる13日の夜のことを指し、旧暦9月13日のお月見のことをいいます。
別名「栗名月」「豆名月」ともいい、栗や枝豆をお供えします。
十三夜は日本独自の風習で現在はあまりなじみのないものですが、江戸時代には十五夜だけお月見をするのは「片見月」といい縁起が悪いとされたため、十五夜と十三夜の2回お月見をするのが一般的でした。
十日夜は主に東日本で旧暦10月10日に行われる収穫祭で、この日は稲の収穫が終わり田の神が山に帰る日であることから「刈り上げ十日」とも呼ばれます。
十日夜は十五夜や十三夜と異なり、毎年新暦11月10日と決まっており月見ではなくあくまで収穫祭がメインになります。
お団子を飾る理由
お月見のお供え物といえばお団子ですが、月見団子の始まりは江戸時代といわれています。
日本人の主食であるお米の豊作を神様に祈り、感謝する意味から、お米が原料のお団子をお月さまに見立てて作り、お供えします。
団子の大きさは一寸五分(約4.5cm)にすると縁起が良いとされています。
お供えする数は、十五夜にちなんで15個、またはその年の月数である12個(うるう年は13個)と二つの説がありますが、いずれも団子を山形に積むことで先端が霊界に通じ、感謝の意を伝えられると考えられていました。
お月さまに供えた後のお団子は縁起物であるため食べることで健康や幸せを願うことができます。
月見団子といえば白く丸いものをイメージしますが、実は地域によってさまざまな違いがあり、大阪では里芋に見立ててあんこをお団子の上に乗せたものが定番で、名古屋では3色の里芋の形をイメージしたしずくのような形のお団子が食べられます。
他にもあんこが入ったものや串団子などいろいろなタイプの月見だんごが存在しており、シンプルな白丸タイプのお団子は全国でも2~3割といわれています。
お月見の風習も、長い年月を経て地域によって少しずつ変化してきたことがわかります。
ススキを飾る理由
お月見のお供えにはお団子と並びススキをも定番の一つです。
全国の野原に分布するススキはイネ科の植物で、秋の七草の一つでもあります。
お月見にススキを飾る理由には、古くからススキは神様が宿る依り代として考えられていたことがあります。
本来は稲穂が依り代とされていますが、この時期は収穫前で稲穂がなかったので形状の似ているススキを飾るようになりました。
また、ススキの鋭い切り口から魔除けになるとも考えられ、お月見でお供えすることで災いから農作物を守り豊作を願う意味も込められています。
月うさぎの伝説
お月見というと月でお餅をついているうさぎの模様を連想させる方も多いのではないでしょうか。
月うさぎ伝説の由来には諸説ありますが、お腹を空かせた老人のためにうさぎが火の中に飛び込み身を捧げたことを老人(神様)が哀れみ、月に姿を残したという、インドのジャータカ神話によるものがよく知られています。
古代中国では月うさぎは不老不死の薬をついていると考えられていましたが、日本で満月を意味する「望月(もちづき)」が転じて「餅つき」になったことから「うさぎが餅をつく」に変化したといわれています。
お月見の準備をしよう
お月見の由来や意味が分かったところでお月見の準備をしていきましょう。
月見団子はお正月の鏡餅にも使用する三方という台に半紙や天ぷらの敷紙などの白い紙を敷いてから乗せます。
ススキを手に入れる方法としては河川敷や山などで摘んでくる他、お月見のシーズンになると花屋さんやスーパーでも購入することができます。
山や田んぼから採る場合は所有者の許可が必要となるので注意しましょう。
また、十五夜は別名「芋名月」とも呼ばれるように、里芋をはじめとした芋類や果物、野菜もお供えします。
基本的に調理前の生のものをお供えするとされていますが、全てを準備することが難しいようでしたら、月を眺めながら秋に採れる旬の食材を食卓に並べることでも十分です。
お供え物が準備できたら、お月さまが見える場所に並べましょう。
お月さまから見て右側に人工のもの(月見団子やお酒)、左側に自然界のもの(ススキや野菜)を並べることが日本古来の左上位の考え方に沿うため良いとされています。
お月見台は庭や縁側、ベランダに小さなテーブルを置いたり、スペースがない場合は窓際にテーブルを置くことでも、いつもと違った雰囲気でお月見を楽しむことができます。
まとめ
いかがでしたか?昔から秋のイベントとして楽しまれているお月見ですが、意外と知らない意味や昔の人の祈りと感謝の思いが込められていました。
少しずつ形を変えながらも受け継がれてきたお月見。
お団子を食べる行事というイメージが強いですが、いつもより少し工夫して準備することで一気に趣深いものになります。
秋の美しい月を見ながら美味しい食事とお酒を酌み交わし、家族で秋の夜長を楽しんでみてはいかがでしょうか。