歌舞伎の幕と聞いて思い浮かべるのはどんな色でしょうか?有名なお菓子やお茶漬けなどのパッケージに使われているため、目にしたことがある人も多く、黒、緑、赤(オレンジ)の3色を思い浮かべるでしょう。
では、歌舞伎の幕はなぜ3色なのでしょうか?また、黒、緑、赤の3色以外に色のバリエーションはあるのでしょうか?ここでは、そんな歌舞伎の幕や、幕の3色についてを詳しくご紹介します。
歌舞伎の幕の3色とは?幕の正式な名前は?
歌舞伎の幕には正式な名前が存在し、「定式幕(じょうしきまく)」といいます。定式というのは、日常的に使用されるもの、常に使われる物などという意味があり、定式幕は江戸時代から歌舞伎興行で使用されてきました。
歌舞伎の幕の色は3色で、黒、柿色、萌葱(もしくは白)です。
この幕は、江戸時代に「江戸三座」と呼ばれる有名な芝居小屋で使用が許された名誉あるもので、その別名を狂言幕ともいいます。
世界的には上から下へ閉まる緞帳(どんちょう)が一般的ですが、歌舞伎では人力で横に引かれるため、歌舞伎の幕は3色のトリコロールで尚且つ縦縞であると考えられています。
江戸時代から現代まで変わらず受け継がれてきた3色の定式幕は、国内外問わず、人々に広く愛されています。
歌舞伎の幕の3色に意味はあるの?
歌舞伎の幕の色は主に黒、赤(オレンジ)、緑(もしくは白)ですが、赤は柿色、緑は萌葱といわれています。
定式幕にこの色が採用されている意味ははっきりしていませんが、柿色は江戸時代には柿渋色といわれ、柿渋で染められていたようです。現代では柿色といっても数種類あり、柿の実の色とは少々異なります。定式幕で使用されているのは、いわゆる柿渋色であり、歌舞伎界で使われる別名が団十郎茶といいます。団十郎茶というのは、成田屋の市川團十郎が用いている色で、赤味の少ない茶色=柿色をいいます。
萌葱(もえぎ)は葱の芽のような緑色を指します。同じ萌葱でも、黄色を加えたものは萌黄、青味を加えたものは萌木と書かれます。
また、黒色は高貴な色として古くから親しまれて来ました。
元来、芸能の世界と陰陽五行説とは深い繋がりがあり、五行配当色には白・黒・赤・青・黄の5色が当てはまります。定式幕でも、柿色=赤、萌葱=青、黒、白など縁起の良い色が主に使われていると考えられています。芸事の世界は、興行の売上に大きく左右されるため、少しでも縁起を担ぐようにしたのでしょう。
尚、老舗お茶漬けは、定式幕の色になぞらえ、海苔=黒、あられ=柿色、緑茶=萌葱を使用しているといわれています。これも、見た目のインパクトと、縁起を担いでいるのかも知れません。
定式幕のトリコロールは、非常に有名でこの色の配列を見るだけで歌舞伎と結び付きます。配色に特に深い意味が無くても、見るだけで思い浮かべることができます。その位日本の伝統芸能とこの配色が深く結びついているといっても過言ではないのでしょう。
幕の模様はなぜ縦縞?何がモチーフなの?
日本は様々な場面で幕が使われています。
入学式や結婚式など目出度い席では赤と白の紅白幕、葬式などの悲しみの席では黒と白の鯨幕、地鎮祭や上棟式などでは青と白の浅黄幕など、定式幕以外でも縦縞柄の幕を多用しています。仏閣などの祭事では赤・白・黄・緑・黒の五色の幕が使われています。これら縦縞模様の幕を総称して「斑幕(まだらまく)」と呼びます。
考えてみると、その全てがなぜか縦縞で、横縞のものは一切見掛けません。平安時代の宮中行事の様子が描かれた書物の中には、既に黒・白・赤・黄の縦縞の幕が登場します。そのくらい古くから、縦縞の幕を用いていたのです。縦縞の理由は明らかではありませんが、昔から変わらず人々に根付いてきた文化なのでしょう。
歌舞伎の幕の種類と使われる場面は?
歌舞伎のシンボルともいわれる定式幕ですが、実は歌舞伎で使用されている幕は他にもあります。その種類と用途は以下の通りです。
- 浅葱幕・・・舞台全体を覆うように掛けられます。淡い水色の幕で、空や空気を表わしています。覆っている幕を瞬時に床に落とす「振り落とし」や、天井から幕を落とし瞬時に舞台を見えなくする「振り被せ」に使用されています。
- 道具幕・・・場面が変わる際のつなぎとして使われる幕です。背景や大道具の役割もしていて、前後の場面により掛けられる物が変わります。例えば、海なら浪幕、山なら山幕、屋敷では網代幕などです。効果音の演奏も幕の場面で変わります。
- 黒幕・・・夜を表わす際などに掛けられます。裏で操るという意味の黒幕もこの歌舞伎の黒幕が語源といわれます。
- 揚幕・・・花道の突き当りや舞台上手の出入り口に掛けられている幕です。黒や紺色の幕に劇場の紋や松竹の紋が染め抜かれている物が多いです。
- 消し幕・・・芝居上で死んだ人物などを舞台から引き上げるのに目隠しとして使われる幕の事です。
- 霞幕・・・白地に水色の雲が描かれたものです。舞台上に居る演奏者が演奏していない時に目隠しとして使用されます。
- 祝い幕・・・役者の襲名披露公演などで使用されます。家紋や「〇代目〇〇」など名が入った華やかなものです。贔屓の客やスポンサーなどが寄贈するため、祝儀幕や贈り幕とも呼ばれます。
これら以外にも様々な種類の幕が存在します。そして、その使い方もそれぞれです。幕の意味を覚えることで、舞台が理解しやすくなるかも知れません。
歌舞伎の幕には伝統がある!?いつから使われているの?
江戸時代には、江戸町奉行所から歌舞伎の興行を許可された江戸三座と呼ばれる3つの芝居小屋がありました。定式幕もそれぞれの芝居小屋で少しずつ異なり、以下のようになっていました。
中村座・・・下手から黒→白→柿色
市村座・・・下手から黒→萌葱→柿色
森田(守田)座・・・黒→柿色→萌葱
尚、一節には、黒の部分は紺色であったとも言われています。
それぞれの芝居小屋が定式幕を使うようになったのは、各々のきっかけがあります。はっきりとルーツが分かっているのは中村座と市村座です。中村座は、初代中村勘三郎氏が幕府所有の安宅丸という船の櫓を漕ぐ人々の音頭を取った際に、褒美として貰った日よけの帆布であり、それを芝居小屋の幕に使用したのがきっかけといわれています。その後、中村座の娘が市村座に嫁ぎ、市村座でも定式幕が使われるようになりました。市村座では、白い部分は汚れが目立つため、緑に変えられたとも言われています。
森田座は、日本で一番の歌舞伎座が建つ一帯に栄えた芝居小屋であったため、歌舞伎座の定式幕は森田座の黒、柿色、萌葱となっているとも言われています。一方、国立劇場の定式幕は黒、萌葱、柿色ですし、中村座の興行では現在でも黒、白、柿色が使用されています。
歌舞伎の幕はオシャレにも取り入れやすい柄
定式幕のトリコロールは、オシャレにも取り入れやすく、老若男女から人気があります。特に、歌舞伎や落語、相撲などを観に行く際に和装に合わせるのが人気ですが、「和装は敷居が高い・・・」と感じる人でも、洋装にワンポイント定式幕カラーを入れれば、グッと和のイメージに近づくことができます。
髪留めや耳飾りなどが人気ですが、ブローチ、タオル、ハンカチ、扇子、ひざ掛けなど様々なグッズが存在しますので、取り入れやすい所から挑戦してみると良いでしょう。
まとめ
歌舞伎の幕は3色のトリコロールで、日本では非常に有名なものです。江戸時代に幕府からお墨付きを得ていた中村座、市村座、森田座が使用していたとされ、その時代から人々に親しまれてきました。現在でも、有名なお菓子などのパッケージデザインに数多く使われていて、老若男女から愛されています。
この3色の歌舞伎の幕は定式幕という名があり、誰もが知る有名な幕ですが、実は歌舞伎にはそれ以外にも沢山の幕が用いられています。興味がある方は、是非興行で本物を見てみて下さい。