大人も子どもも大好きなのが縁日です。
子どもたちはたくさんの屋台で買い食いをするのが楽しいですし、
大人になってからもノスタルジックな雰囲気を味わいたくて、
出かける人が多いのではないでしょうか。
毎年、年の始めには初観音が行われ、多くの人が参拝し、縁日を楽しんでいます。
でも初観音を始めとする縁日というのは、ただ楽しいからやっているわけではありません。
そこには色々な理由や意味があるのです。
今回は縁日の中でも有名な「初観音」の意味や、俳句との関係について解説します。
また有名な京都の三十三間堂で、初観音のときに行われる行事についても紹介します。
「初観音」と縁日の意味!屋台が出るのが縁日ではない?
神仏が生まれた日、この世に姿を表した日、または神仏が私たち人間を救おうとして誓いを立てた日など、その寺社仏閣に縁がある日を縁日といい、その日には祭祀や供養が行われました。
この縁日にお参りをすると、普段の日よりもご利益があると信じられていましたから、寺社仏閣には参拝客が大勢訪れました。
そのため参拝客のために屋台が多く出店するようになり、人々もそれを楽しみにするようになりました。
縁日は毎月同じ日に行われますが(観音様の縁日は毎月18日、阿弥陀如来は毎月15日のように決まっています)、その年最初の縁日を初、最後の縁日を納め(または終い)として、特に盛大に行われることが多いようです。
つまり初観音は、その年最初の観音様の縁日という意味になります。
ところで一口に観音様といっていますが、観音様を祀っている寺院は日本中にたくさんあります。
観音様とは一体何者なのか、それぞれの観音様に違いはあるのか気になりますね。
「観音様」は一体何者?どんな魅力があるの?
普通私たちはひと括りに観音様と呼んでいますが、実は「観音菩薩」、「観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)」、「観自在菩薩(かんじざいぼさつ)」ともいい、「救世菩薩(ぐぜぼさつ)」の別名も持っています。
菩薩というのは、階級のようなものですが、観音様は菩薩に分類されるのです。
ありがたい仏様にも階級があるのかと、疑問を持つ人もいるでしょうが、仏様の頂点はいうまでもなく如来です。
菩薩は階級的には如来のすぐ下になります。
如来は、悟りを開いた釈迦の姿だといわれていますが、観音様は菩薩であるため、まだ悟りを開くには至っていません。
修行中の身ということになりますが、それでも私たち人間を積極的に救ってくれます。
相手を救うために、相手の個性に合わせて、観音様は姿を変えてくれます。
厳しく接した方がよい相手もいれば、優しく接しないとダメな相手もいるでしょうから、観音様のやり方はとても理にかなっているといえます。
姿を変えるバリエーションは33もあるといいます。
この33という数字が千手観音で有名な京都の三十三間堂(正式には、蓮華王院三十三間堂)の由来になったそうです。
相手によって姿を変えることから、様々な観音様が作られました。
こうして作られた観音様は、この世でご利益を授けてくださるとされており、そのわかりやすさが私たち庶民の心を掴んだのです。
如来と観音様ではその外観もかなり違います。
大仏に代表される如来は、螺髪といわれるきついパーマがかかったような髪型をしています。
これは如来だけの特徴だそうです。
また服装が質素で装飾がないのも、如来の特徴です。
悟りを開いた如来には華やかな服や飾りは必要ないのでしょう。
それに対して菩薩である観音様は修行中の釈迦をモデルにしたためか(釈迦は1国の王子でした)、かなり優雅な佇まいをしています。
アクセサリーなども付けているため、とても洒落た印象です。
優雅で美しい観音様で、ご利益もあるとなれば、ますます庶民の心は掴まれたことでしょう。
「初観音」は特別?三十三間堂の「楊枝のお加持」はどんな行事?
初観音ではどこの寺院でも、特別な行事を行います。
その中でも、有名なのは京都の三十三間堂で行われる「楊枝のお加持(やなぎのおかじ)」でしょう。
三十三間堂は後白河上皇が自分の離宮の敷地内に建てたものですが、彼は長年ひどい頭痛に悩んでいました。
何とか頭痛を解消したいと神仏に祈願していたところ、夢のお告げがありました。
その夢によれば、上皇の前世は蓮華坊という僧侶でしたが、 亡くなった後に、その髑髏(頭蓋骨)が川底に沈み、目穴から柳が生えてしまいました。
風が吹く度に柳が動き、上皇の頭痛を起こしていたのです。
川底から髑髏を引き上げて、三十三間堂の千手観音に納め、柳の木は梁に使うと上皇の頭痛は見事に治りました。
この言い伝えから、三十三間堂は頭痛を治すご利益があるとされ、毎年「楊枝のお加持」が行われるようになりました。
観音様に祈願をした聖なる水を柳の枝で参拝者に振りかけると頭痛を始めとする様々な病気を除くといわれています。
またこの日、三十三間堂では「大的大会」が行われます。
これは江戸時代の「通し矢」を由来とする旧道の大会ですが、弓道を嗜む新成人が晴れ着姿で弓を引く場面は、とても華やかでしばしばニュース番組でも取り上げられています。
的までの距離は60mと長く、これは遠的場に分類されます(普通は28mが多く、これは近的場といいます)。
広い敷地が必要になる遠的場は少ないため、大的大会は遠的を見る貴重な機会です。
楊枝のお加持と大的大会が開かれる初観音の日は、三十三間堂の境内が無料開放されるため、1日中参拝客で賑わいます。
「初観音」は新年の行事なの?いつの季語になっている?
ところで初観音は1月18日ですが、この日程は私たちにとっては、年が開けてからかなり経っていると感じられます。
ですが、三十三間堂だけでなく日本の観音様を祀る寺院では、訪れる参拝客の1年の健康と平安を祈念してくれます。
浅草の浅草寺では、「温座秘法陀羅尼会(おんざひほうだらにえ)」が行われますが、これは7日間、昼夜を問わず経を読み、修法に励む儀式です。
僧が次々に交代して経を読むので、座が冷めることがないために、温座といいます。
この儀式のクライマックスは、鬼の登場です。
鬼を無事に送るとやっと儀式が終了して、私たちの1年の健康と平安が約束されます。
ほかの寺院でも細かな方法は違っても、私たちの1年の無事を祈念してくれるのは一緒です。
観音様を信仰している人たちにとっては、初観音こそが1年の始まりで、初観音を終えると安心して1年を過ごすことができる、と思えたのではないでしょうか。
その証拠に俳句では、初観音は新年の季語になっています。
『あねいもと初観音へ手を結ぶ』
これは西尾桃子さんの句ですが、初観音がいつの季語だかわかっていると、姉妹の姿が突然生き生きとしてきます。
新年の初観音の縁日へ出かけるウキウキした姉妹の様子が伝わってくるのです。
季語を知っているか、知らないかで俳句が全く違う味わいになることがありますから、覚えておいて損はありません。
初観音がきっかけで、俳句の世界に目覚めるかも知れませんよ。
また、手紙を書くときの時候の挨拶として初観音を取り入れるのもよいですね。
とくに近所に観音様で有名な寺院がある人に手紙を書くときに使うと、季節を感じていただけるかも知れません。
『〇〇寺も、初観音にはひときわ賑わうことでしょう』などのように使ってみてください。
観音様の縁日が18日なのはなぜ?その由来とは
ところでなぜ観音様の縁日は18日になったのでしょうか。
隅田川の辺りに住む兄弟が、漁をしていると網に1体の仏像がかかりました。
兄弟は最初、仏像を網から外して水中に投げ入れていましたが、何度も同じ仏像が網にかかるため、家に持ち帰り、土地の長に見てもらいました。
すると聖観世音菩薩の像であることがわかり、お祀りすることになりました。
これが浅草寺の御本尊となりましたが、隅田川から聖観世音菩薩像が表れたのが628年3月18日であったために、観音様の縁日は18日になったという説があります。
また、西暦900年代に定められた30日秘仏という暦(?)があり、仏様をそれぞれの日にちに割り振っています。
これが現在の縁日の基礎となっており、観音様は18日にあたっているのです。
30日秘仏ではそれぞれの日に仏様が割り振られ、空いている日は1日もありません。
仏様たちもシフトを組まれているようで、見ていると親しみが湧いてきます。
30日秘仏はネットでも見ることができますから、ぜひ1度確かめてみてください。
まとめ
今回は「初観音」の意味や俳句との関係、三十三間堂で初観音のときに行われる行事について解説しました。
1年の無事を祈念してくれる初観音の行事はどれも興味深くて、寒い時期ですが出かけてみたくなります。
また初観音は新年の季語だと知っていると、俳句を鑑賞するときだけでなく、手紙を書くときにも役に立ちそうですね。
探してみれば自宅のすぐ側にも、観音様を祀っている寺院があるはずです。
冬の運動不足の解消を兼ねて、近所の寺院に出かけてみませんか。