葬儀や法要などに参列したことのある方はもちろん、雑誌などで形見分けという言葉を1度は耳にしたことがある方も多いでしょう。
形見分けとはただ亡くなった方の物を分けてもらうというだけではなく、その行為の中には深い意味や思いも含んでいるのです。
ただ、それに対するトラブルなどが発生することがあるのも事実。
そこでこちらでは意外と知られていない形見分けについて、本当の意味からマナーまでご紹介致します。
思い出を共有するための形見分け
形見分けの意味を何となく理解しているという人も多いかと思いますが、実際にはどの様な意味を持っているのがご存知でしょうか。
話しは仏教が始まった時まで遡ります。
悟りを開き人に教えを説いたことで仏教の教祖となった釈迦が、亡くなる時に自分の弟子に衣類を分けたということが始まりだとか。
実際に昔の日本でも形見分けをする時には、着物が一般的だったと言います。
これには釈迦が弟子に分け与えたという形見分けの意味合いももちろんありますが、まだ食べる事もままならないという生活を送っていた人が多かった時代に、着物は困ったら売ることが出来たからだとも言われているのだそう。
最悪の場合はお金に換えることが出来るという合理的な考え方に変わりつつも、その中には故人との懐かしい思い出を忘れない様にという意味が込められていました。
それがいつしか形を変えて衣類にこだわらずに「故人が愛用していた物」を縁のあった方に分け、思い出を共有していこうという考え方に変わっていったのです。
確かに洋装社会の現代では故人が生前に着物を着用しなかったという場合も多く、形見分けをする方が難しい場合が多いですね。
最近では時計や宝飾品、または高価なものにこだわらず、日常で愛用していた物を分けることが通常の様です。
形見分けの時期は「忌明け」がベスト
形見分けをする時期は、本来亡くなってから四十九日後がベストだとされています。
その理由としては人は死後四十九日経つと長い裁判が終わり、その後の行く先が決まるという仏教の教えから。
四十九日法要が行われるのも、実はそのためなのです。
また遺族の気持ちもこの四十九日の間に少しずつ落ち着きを取り戻し、故人の死を受け入れる事が出来る様になっていきます。
故人が所有していた物や愛用していた物を片したり、必要・不必要な物と分け始める方が増えるのもこの頃。
まだそこまで形見分けが主流では無かった時代に、人々が何となく始めた着物や衣類の振り分けが段々と習慣化していったということなのかもしれません。
現代では気持ちやの区切りがつきやすい四十九日法要後の忌明けしたところで、形見分けを始めるのが通常となっています。
元々形見分けは、故人の所有していた物には魂が宿るという発想から、「残った品を皆で分けよう」と始まりました。
今ではそれが四十九日が過ぎた後も、故人の思い出を残された人間で共有していこうというものになったのでしょう。
ただし神式の場合は50日後、キリスト教の場合は最も早い1ヵ月の命日での形見分けをすることが通常。
あくまでも仏教での葬儀を執り行う場合に限るということを覚えておいて下さい。
形見分けのマナーは覚えておくべし!
形見分けと一口に言いますが、所有していたものを故人と関係のあった人にただあげれば良いということでもありません。
実は形見分けをする際にも、知っておくべきマナーがあることをご存知でしょうか。
まずは贈る相手ですが、形見分けは基本的に目上の方には差し上げない方が良いとされています。
これは失礼にあたるという理由からです。
最近では年齢関係なくお付き合いがある場合も多いですし、友人関係などにある場合は気にしなくても良いかもしれません。
ただしその際には一言「失礼にあたることは承知である」という前置きを付けて、相手にお伺いを立ててみるのはいかがでしょうか。
相手の方が気にしない場合は、形見分けをしても良いでしょう。
また特に注意をしなければいけないのが贈与税です。
形見分けはあくまで思い出の共有として行うものではありますが、宝飾品や骨董品など、中にはとても高価な品であることも。
1年間で110万以上の物を贈与されると、税金がかかるという法律があります。
そんな高価な物であるとは露とも知らずにもらった相手は、この事態に戸惑ってしまうということは容易に想像が出来ますよね。
高価な品である場合は、きちんと金額や内容を確認してからにしましょう。
次に気を付けたいのが形見分けを差し上げる時の梱包です。
せっかく人にあげるのですからラッピングをしようという方もいるはず。
しかし形見分けにラッピングは不要です。
形見分けはあくまでも残された故人の所有している物を「分ける」ということですので、贈り物ではないという事を覚えておきましょう。
思わぬ形見分けトラブルを引き起こさない様にしよう!
実は高価な品なども含まれる形見分けは、勝手に行ってしまうと遺族間でのトラブルを引き起こしてしまう場合も。
せっかく故人の大事な品を贈りたいと思っているのですから、無用なトラブルは避けたいところですよね。
まず気を付けたいのが遺産をきちんと分割しておくこと。
故人の遺産は分割されていない状態の場合、相続人全員の共有物として認識されるのです。
つまりまだ遺産分割されていない状態の時に、故人がいくら親しかった友人だとはいえ勝手に形見分けをしてしまうと後で相続人同士のトラブルになることもあるので気を付けましょう。
相続人同士で「誰に何をあげたいか」などを相談しながら決めるのも、トラブル回避の秘訣です。
次に注意したいポイントは、形見分けを希望する人が出てきた場合の故人との関係性です。
「形見分けを希望したい」と名乗り出られた時、その方と故人の関係性を知らないという場合も多いですよね。
「友人だ」と言われても、故人がいない今となっては不確かです。
滅多にないことではありますが、そこまで親しい間柄では無かったのに「高額な品を形見分けして欲しい」と言われる場合も中にはあります。
トラブルに繋がるケースも多いので、関係性を把握できていない故人の人間関係には注意が必要でしょう。
遺族だけで形見分けをするということ、もしくは遺族が把握している交友関係に留めるなどの対策をしておくのが良いかもしれません。
他のトラブル事例としては、こちら側が「形見分けの品を貰って欲しい」とお願いをしても、お断りをされる場合。
相手の真意は見えませんがどの様な場合であっても、無理強いをすることはやめましょう。
また良くあるトラブルに形見分けをする前に、遺品整理をしてしまうというもの。
確かに部屋を片付けて落ち着いて供養したいという気持ちもあるでしょうが、形見分けが終わる前に整理をしてしまうと価値がある物や思い出のある品が棄てられてしまう場合もるのです。
明らかに高価な物ではなくても遺族にとっては何より大事な品だということもあるので、形見分けをする前に遺品整理をすることにも細心の注意が必要です。
形見分けの本来の意味は仏教の思念から
先ほど冒頭部分で、形見分けが仏教にまつわる「釈迦と弟子のエピソード」から始まったというお話をしました。
通説では「衣類」を分け与えたということになっています。
衣類は故人が袖を通していた一番身近な物なので、思いや魂が宿りやすいと言われているから。
そのため釈迦が着ていた衣服は、釈迦の思念が残されていると考えられたのでしょう。
しかしもう少し掘り下げていくと、実は釈迦は「自分の遺品を全部売ってお金に換え、弟子で等分にしなさい」という遺言を残していたという話があることもわかりました。
この時の釈迦には、ただ金品だけを分けることが重要ではないという思惑があったのです。
形見分けとは故人の遺志や人生観、道徳など全てのものを引き継いでいくことであるとも言われたそう。
実際にそれに相応しくない弟子には金品を残さず、仏教の教えだけを残しただけなのだとか。
形見分けという言葉には単純に思い出の共有という意味だけではなく、仏教における考え方や生き方などを後に継いでいくという深い意味があったのです。
この釈迦の残した教えは現在もお寺などに残されており、後継ぎであるお坊さんが、亡くなった住職の袈裟を着ることになっているのもそれが由来なのだといいます。
そこには残された品を分けるという意味合いだけで袈裟を譲り受けるというだけではなく、亡くなった住職が生きてきた全てを引き継ぐという深い意味が込められているのでしょう。
まとめ
こちらでは形見分けについてまとめてきました。
形見分けは故人の所有していた品を遺族を始め、交流のあった大切な人と分けることで思い出を共有することができます。
一方で、気を付けておかないと思わぬトラブルを引き起こしてしまうということもわかりました。
また形見分けの本来の意味合いも理解してもらえたことでしょう。
大事なことはあくまで「故人との思い出やその方の生きてきた道を忘れないでいる」ということを忘れず、無用なトラブルは避けたいところ。
いつまでも故人との思い出を心の中で大切にしていきたいですね。