日本で古くから伝わる初物を食べる文化は、なぜ「縁起が良いもの」とされているのでしょうか。初物には歴史があり、さまざまな言い伝えがあります。本記事では初物に関する風習について触れながら、縁起が良いといわれる理由をご紹介します。また、現代でも好まれやすいおすすめの初物の種類もまとめています。ぜひ初物について知り、お祝いの料理や贈り物の参考にしてみてくださいね。
初物とは
食材には収穫されやすい季節があります。初物はその季節(その年)の一番最初に穫れたものを意味します。別名「はしりもの」ともいいます。「はしり」は先駆けという意味で、辞書にも初物と同様の言葉として記載されていることがあります。
日本では昔から初物が好まれる傾向にあり、現代でもお祝いの場や贈り物にも適しているとされています。
初物が昔から「縁起が良い」といわれる理由
初物は縁起が良いものだとされている理由には、初物に関することわざである「初物七十五日」が関係しています。初物七十五日の意味や由来についてみてみましょう。
初物を食べると七十五日寿命がのびる?
「初物七十五日」は、初物を食べると寿命が七十五日のびるという意味だと考えられています。なぜ寿命が七十五日のびるとされているのか、由来には江戸時代の風習が関係しています。
江戸時代、死刑囚には最期に食べたいものを聞き、刑の執行前にその願いを叶えてあげる風習がありました。
とある一人の死刑囚に同様の質問をしたところ、答えた食べ物が先の季節にしか収穫できないものでした。死刑囚は刑の執行をなるべく先へ伸ばすために、すぐに用意できないものを所望したとされています。
役人側は執行までの期間を延ばすしかなく、死刑囚の望んだ食べ物を早く手に入れるために、収穫シーズンの先駆けに穫れた「初物」を待ちました。ようやく手に入れた初物を死刑囚が食したのは、七十五日後だったといわれています。
処刑されるはずだった日よりも「七十五日寿命がのびた」ことから、初物七十五日という言葉が生まれたという説です。この言い伝えから初物を食べると寿命がのびるといわれ「寿命がのびるから初物は縁起が良いもの」と解釈されています。
初物七十五日にはさまざまな説がある
初物七十五日の由来には他にもさまざまな説があります。
例えば、七十五日は中国の五行思想が所以ではないかという説です。
五行思想では万物が「火水木金土」の五つの要素から成り立っていると考えられます。五行思想による季節の区切りが75日とされていることが「初物七十五日」のもとになっているのではないかと推測されています。
初物の「縁起を担ぐ」食べ方
初物を食べるなら昔から伝わる食べ方を倣って縁起を担ぎましょう。
初物はお供えしてから食べよう
初物を食べる時は、先に仏壇や神棚へお供えしましょう。仏教では古くから、まずは神様や仏様にお供えしてから、おさがりを家族でいただくという風習があります。
ただし、魚は殺生を連想させるため、お供えに適していません。野菜や果物などの農作物が適しているでしょう。
初物を食べる時は縁起が良い方角を向こう
初物を食べる時は「初物は東または西を向いて笑って食べる」という風習があります。
東・西の違いは、地域によるもので以下のように伝えられてきました。
- 江戸以東→西
- 関西以西→東
方角は江戸から見た関西方面を、関西から見た江戸(関東方面)を表しています。
【東または西を向く理由①】
「縁起が良い」と初物食いのブームが起こった江戸時代、流通は現代ほど発達していないため、初物は高価で手に入れるのは簡単ではありませんでした。手に入れにくい初物を食べることは庶民の憧れでもあったわけです。
「初物は東または西を向いて笑って食べる」という意味には、江戸または関西よりも先に初物を手に入れたという自慢からきているといわれています。
【東または西を向く理由②】
もう一つ考えられている説には「感謝」の意味合いが含まれています。方角ごとに以下のような解釈が考えられます。
- 東を向く:太陽が昇ってくる方角を向いて笑いながら食べることで、太陽がもたらす恵に感謝をする意味があるとされています。
- 西を向く:仏教の考え方では阿弥陀如来がいる極楽浄土は遥か西方にあるといわれています。西を向くことで阿弥陀如来へ感謝を表しているとされています。
「初物四天王」を食べて縁起担ぎ
初物四天王は、江戸時代に人々がこぞって手に入れようとした4種類の初物です。食すことで縁起を担ぐ食材として伝えられてきました。初物を食べたい場合、贈りたい場合は、まず初物四天王に注目すると良いですね。
初鰹
初物の中でも代表的な鰹は、鎌倉時代より縁起の良いものと認識されてきました。理由は「勝男」という当て字にあります。勝つ×男という組み合わせが勝負や戦に勝つことを連想させ、特に武家では重宝されていたようです。
鰹の旬は年に2回ありますが、初鰹は4月~6月ごろに穫れるものです。昔はとても高級なもので「女房を質に入れてでも食え」という言葉が残っているほど重宝されていました。
初鮭
初鮭も昔から人気のある初物です。晩夏から初秋に穫れたものを初鮭としています。
鮭は海での厳しい生存競争に打ち勝ち、生まれた川へと過酷な旅をして戻ってきます。成長をして戻ってくることから出世魚と呼ばれ、縁起が良い魚として知られています。また、たくさんの子を産むことから子孫繁栄の象徴とされ、現代でもお正月に鮭を食べるという地域もあります。特に初物の鮭は大事にされており、江戸時代の水戸藩では、初鮭を奉納した者へ褒賞金を出していたことがわかっています。
初茸(松茸)
初茸とは松茸の初物のことです。現在では高級な食材である松茸ですが、江戸時代の頃は庶民の間でも秋の味覚として親しまれていました。平安時代には縁起が良い献上品としても選ばれていた歴史があります。
初茸は晩夏から初秋に穫れ、初競りでは高値がつけられることも珍しくありません。
初茄子
縁起が良い初夢として”一富士 二鷹 三茄子”という言葉があるように、茄子は縁起が良い食べ物とされてきました。
理由についてはさまざまな説がありますが代表的なものは、茄子は実をいくつも実らせることから子孫繁栄を意味するという説です。また、「成す」と当て字をすることで、物事の成功を表しているともされています。
現代では縁起物という認識が少ない茄子ですが、昔は初物四天王と呼ばれるほど重宝された初物でした。
他にもある!縁起を担ぐおすすめの初物
初物四天王以外にも初物として人気のある食べ物はたくさんあります。古くから注目されているものや近年好まれやすいものなど、さまざまな初物をご紹介します。
◇新茶
お茶の最初の新芽を摘んだ新茶も縁起が良いものとして知られています。4月~5月ごろが新茶のシーズンです。特に立春から数えて88日の「八十八夜」に穫れたものは、「八」の末広がりな形から長寿や幸福の意味合いがあると言い伝えられてきました。
◇新米
新茶と同じく新米が縁起が良いとされる理由にも「八十八」が関係しています。米という漢字は八と十が組み合わさってできていることから、米には八十八の神様が宿ると考えられていました。また、末広がりの八から幸運を、稲穂がたくさんの米を実らせることから子孫繁栄を連想させます。現代でもお祝いや贈り物としてふさわしい品でしょう。
◇新酒
お酒は古くから祭事や神事に使用されてきました。縁起物とされ、お年賀の挨拶やお祝いとして贈ることも多いでしょう。中でも醸造年の最初に仕込まれたものを新酒といい、多くは12月~3月ごろに出回ります。
◇筍
筍はまっすぐに伸びていく姿や成長の速さから、立身出世や子どもの健やかな成長を連想させます。高らかに空に向かう竹にあやかりたいという人々の思いから縁起が良いといわれてきました。筍の初物は2月~3月ごろに収穫され、日本では古くから春を感じる食材として愛されてきました。
その他にも特定の季節に実をつける果物や野菜など、いろいろな食材で初物が収穫されます。
初物に対する現代の考え方
現在では旬ではないものが出回ることも珍しくなく、さまざまな食べ物を手に入れやすくなりました。しかし、日本に根付いている「初物」の文化は形を変えながら続いています。
例えば、近年ではボジョレーヌーボーをはじめとした初物のワインが注目されたり、新年の初マグロの競りでは高値が更新されたり、江戸時代には注目されていない品がもてはやされていることもあります。縁起に関しても後から意味が見出されているものもあるでしょう。
お祝いの席や贈り物に縁起担ぎとして「初物」を選ぶ文化は、日本人の心に今も根付いているといえますね。
まとめ
今回は初物と縁起についてご紹介しました。初物が縁起が良いといわれる理由や「初物七十五日」の逸話に驚いた方もいるでしょう。縁起を担ぐ食べ方や初物四天王という位置づけなど、とてもユニークな風習ですね。
初物を食べる文化をつなげてきたのは、幸運にあやかりたいという人々の気持ちに他なりません。縁起の良い初物をお祝いや贈り物とすることで、相手を思いやる気持ちが伝わるでしょう。伝統的な初物の文化を今後もつなげ、ぜひ、たくさんの福を呼び込みましょう。