親族や知人の葬儀に参加した際に、故人のそばに「箸が突き立てられた茶碗飯」を見かけたことがある方は多いでしょう。その供え物は、一膳飯と言います。
あなたの身内が亡くなった際は、必ず一膳飯を用意することになります。一膳飯の扱いには作法があり、故人を弔うための意味が込められています。故人が安らかに成仏するためにも、作法を弁えておくことが大切です。
この記事では、一膳飯の意味や由来・作り方・茶碗の処理方法について紹介します。
一膳飯の意味とは
一膳飯とは、茶碗に盛ったご飯に箸を突き立てた供え物です。一杯飯または枕飯とも言われます。
一膳飯には、二膳や三膳は無い……つまり「たった1回限り」という意味が込められています。
一膳飯は、仏式の作法です。
ただし、仏教系である浄土真宗では「亡くなると、すぐに浄土へ往生する」と考えているため、一膳飯を供えません。
また、神式やキリスト式の葬儀でも、故人に一膳飯は供えません。
一膳飯の由来
一膳飯が故人に供えられるようになった由来には、さまざまな説があります。
日本の昔の葬法「殯(もがり)」
まだ生死の境が明確に分かっていなかった時代では、死と眠りは区別しづらいものでした。そこで、故人をすぐに埋葬せずに、しばらく安置することにしていました。
安置している間は、食事を供えたり、歌や舞いを披露したりして、故人の復活を願います。それと同時に、故人との別れを惜しみ、死者の霊魂を慰めます。やがて遺体が腐敗・白骨化し始めたら、亡くなったことを確定します。
釈迦に供えた浄土の食事
大般涅槃経によると、釈迦が亡くなりそうになった際、浄土の如来である意楽美音(いぎょうみとん)は、浄土の食事を菩薩に持っていかせました。浄土の食事を口にすれば、その風味により、心が穏やかになるからです。
しかし、釈迦は、浄土の食事を受け取りませんでした。やがて、釈迦は入滅’(亡くなる)してしまいます。そこで、浄土の食事を供えることにしました。
日本の民間信仰
日本の民間信仰の中には、故人に食事を供える風習が見られます。
たとえば、故人の復活を祈願した「魂呼び」という儀式です。昔は米が贅沢な品であったので、炊き上げた米の魅力に引き寄せられて、故人の魂が戻って来ることを期待しました。
別の例では、鎮魂の儀礼です。故人に供えた米や団子が魂の依り代として、その場に魂を繋ぎ止め、鎮めることを目的とします。
故人の弁当という意味で供える場合もあります。故人の魂は、死出の旅に出発したり、善光寺詣に行ったり、もしくは故人に縁のある地域・人々を訪ねたりすると考えられています。そこで、道中の弁当として食べてもらうために、食事を供えておきます。
一膳飯のご飯に箸を突き立てる理由
一膳飯は、なぜご飯に箸を突き立てるのか。その理由は、突き立てた箸に「あの世とこの世のハシワタシ(橋渡し)」という意味を込めているからです。立てた箸を通して、故人があの世へ旅立つ手助けをしているわけです。
箸を十字の形にする場合は、立てた箸を火、横置きした箸を水に見立てています。「火と水によって魂を浄める」という意味が込められています。
一膳飯の作り方
【準備する物】
- お米(茶碗ですり切り1杯分)
- 故人が生前に使っていた茶碗
- ご飯を盛り上げるための茶碗
- 故人が生前に使っていた箸
【注意点】
一膳飯として炊くお米は、生きている家族の食事と分けてください。生者と死者の食事を区別するためです。
【手順】
- 茶碗ですり切り1杯分のお米を量ります。実際に炊いてみると、かなりの量になります。故人が小食または女性である場合は、1合分のお米を量るだけでも構いません。地域や宗派によって、白米の代わりに玄米を用いる場合もあります。
- お米を水でといだ後、規定の分量の水を入れて、炊飯器で炊きます。炊き上げ自体は、普段のやり方と同じです。
- 2つの茶碗(一方は故人の物)を用意して、それぞれに同じくらいの量のご飯を盛りつけます。お釜に米粒を残さないようにしましょう。
- 2つの茶碗を手に持ち、故人の茶碗の方に、もう一方の茶碗を上から被せます。すると、故人の茶碗に入っているご飯は、山のように盛り上がった形になります。形が歪なところがあったら、しゃもじを使って整形してください。
- 一膳飯に故人が使っていた箸を供えます。箸の供え方は、地域や宗派によって異なります。
- 2本の箸をそろえて、ご飯に突き立てる。場合によっては、箸の高さをずらしたり、一本に見えるように前後に重ねたりする。
- 1本の箸のみをご飯に突き立てる。
- 1本の箸をご飯に突き立てて、もう1本の箸をご飯の上に横置きすることで、十字を描く。
- 普通に食事の膳を出すように、茶碗のそばに2本の箸を置く。
一膳飯をいつからいつまで供えておくべきか
一膳飯を供えておく期間は、故人が亡くなった日から出棺日までです。一膳飯のご飯は、毎日取り替えます。
出棺の際は、ご飯を半紙などで包んで、故人が使っていた箸と一緒に棺の中に納めます。この一膳飯は、死出の旅を進む際の弁当と考えられています。
故人が愛用した茶碗の処分方法
茶碗は陶器であるため、故人と一緒に火葬できません。それなので、出棺後に茶碗を叩き割って処分します。
茶碗を割る理由は、現世に対する故人の未練が断ち切られ、あの世へ迷わず成仏できるようになると考えられているからです。「自分が死んだことを悟らせる」ということも目的にしています。
また、逆さごとの一種として「この世で形を失った物は、あの世で形を持つ」という発想があります。茶碗を割って形を失くすことで、あの世に故人の茶碗が現れるというわけです。
まとめ
一膳飯とは、故人のために供える高盛りのご飯のことです。「一膳」と強調されている理由は、「たった1回限り」という意味が込められているからです。
一膳飯が供えられるようになった由来は、復活の祈願や鎮魂、死後の旅路で食べる弁当などの説が挙げられます。
生者と死者の区別をつけるために、一膳飯のためだけにお米を炊きます。ご飯に箸を突き立てる理由は、「あの世へのハシワタシ(橋渡し)」や「魂の浄化」という意味が込められているからです。
故人の出棺の際には、一膳飯に使っていた故人の茶碗を叩き割ります。故人に対して「自らの死」を悟らせ、未練を断ち切らせることで、安らかに成仏してもらうためです。
一膳飯の作法を弁えて、故人の魂が安らかに成仏できるようにしましょう。