日本は雨が多い国のため、雨はたくさんの名前を持っています。
その一つが「半夏雨」です。初めて聞く人にはどんな雨か想像がつかないかも知れませんね。
風流なものも多い雨の名前ですが、半夏雨には実用的な意味がありました。
今回は半夏雨について解説します。昔からの伝わることはただ風流なだけでなく、十分に実用的であったことがきっと理解できますよ。現在のように科学技術が発展していなかった時代の人々の知恵に感心すること、間違いなしです。
「半夏雨」の読み方と意味!「半夏生」との関係とは?
半夏雨について説明するには、まず「半夏生」について説明しなければなりません。
半夏生は七十二候の一つですが、今では雑節の一つとして知られています。
雑節は節分や彼岸など、季節の変化を的確に掴むために作られた節目の日です。農業を営む人にとっては、実用性の高い日だったために、今でも雑節は暦に残っており、多くの人の役に立っています。
七十二候だった半夏生が、雑節として今も残っているということは、それだけ半夏生が人々にとって大切だったことを表しています。
七十二候のときの読み方は「はんげしょうず」で7月1日頃から6日頃までを指します。
雑節のときの読み方は「はんげしょう」となり、かつては夏至の11日後でしたが、現在は毎年7月2日頃になっています。半夏という毒草が生える季節という意味で、半夏生の名前がつきました。
半夏は烏柄杓(からすびしゃく)のこととも、半夏生(片白草という名前で呼ばれることも)のことともいわれています。
烏柄杓は半夏という漢方薬の原料になります。半夏生は花に近い葉の部分が半分ほど白くなることが、半分化粧をしていると見立てられました。このため半化粧がいつしか半夏生に変化したのではないかといわれています。
関西では半夏生にはタコを食べる習慣がありますが、それを最近ではスーパーマーケットで毎年宣伝するようになりました。
タコを食べる日として、半夏生を知っている人が増えているようです。
半夏雨とは半夏生の頃に降る雨のことを意味しており、読み方は「はんげあめ」です。
人々が怖れ敬った梅雨の半夏雨!実は神様だった?
半夏生は農家にとっては大切な日でした。この日までに田植えを終わらせないと収穫が減るといわれており、半夏生の日からは5日ほど作業を休む地域もありました。半夏生の日には天から毒気が降ってくるといわれ、井戸に蓋をして毒気を防ぐとともに、この日に収穫した野菜は食べないなどの風習がありました。
半夏雨は梅雨の後半に降るため、集中豪雨になることも多く、農家の人々は気を抜くことができませんでした。
井戸に蓋をするのは、集中豪雨で変質した井戸の水を飲まないようにという戒めだったと今では考えられています。
半夏生の日から作業を休むのは、田植えで疲れた体を休めるのと同時に、集中豪雨を警戒していたのかも知れません。
ちなみに半夏雨がひどくなった場合は、「半夏水」と呼ばれたようです。せっかく田植えが終わったのに、洪水が起きてはひとたまりもありませんから、昔の人々が半夏雨を警戒する気持ちは痛いほどわかります。
ただ昔の人々は半夏雨を嫌うだけではなく、敬っていたようです。田植えの後に天に上って行く田の神様が半夏雨になると信じられていたからです。だから日本の各地にそれぞれ半夏生の日の風習があり、無事に田植えが終わったことを神様に感謝し、豊作を祈りました。
昔の人は半夏雨を怖れるだけじゃなかった!栄養補給も忘れない!
半夏生にはタコだけでなく、各地に餅やうどんなどを作って食べる習慣があります。
神様に供えると同時に自分たちも食べて栄養をつけ、これから来る暑い夏を乗り切ろうとしていたのでしょうが、これはとても理にかなったことでした。
タコにはタウリンという栄養素が豊富に含まれています。タウリンには様々な栄養効果がありますが、一番に上げられるのは疲労回復効果です。田植えで疲れた体にタコがよいことを昔の人は経験から知っていて、食べるようになったのかも知れませんね。
それだけではなく、タコには脚がたくさんあることも半夏生の日に食べられた理由になりました。
タコには脚が8本ありますが、これにあやかって稲の根が四方八方にしっかりと付くようにと願ったのです。
小麦を混ぜた餅やうどんを食べる地域もあります。半夏生の前に麦の収穫がありますから、その年の麦を使って神様にお供えをしたのが始まりだったのかも知れません。収穫されたばかりの麦で作られた餅やうどんは一味違う美味しさだったことでしょう。
また、うどんは消化がよく、食べてすぐに体を動かすエネルギーに変わってくれます。田植えなどの力仕事で失ったエネルギーを補給するのには最適だったと思われます。
福井県には半夏生の日に一尾を丸ごと焼いたサバを食べる風習があります。
江戸時代から福井県大野市の辺りはサバが多く水揚げされていたため、当時の藩主が田植えで疲れた人々の栄養補給にサバを食べるようにすすめたことが由来になっています。現在も半夏生鯖と呼ばれており、何と1人が丸ごと一尾を食べるのだそうです。
サバ缶が流行ったことからもわかりますが、サバが栄養豊富であることはよく知られています。
EPAやDHAが豊富に含まれているため、脳梗塞や心筋梗塞を予防する働きがありますし、認知症の予防にもなるといわれています。またサバにはビタミンも豊富に含まれており、中でもビタミンB群は疲労回復に効果があります。
栄養学などなかった時代に、これだけ疲労回復やエネルギー補給によい食べ物をとっていた昔の人の知恵には感心させられます。半夏雨を怖れ、敬うだけでなく、きちんと栄養補給をして疲労回復をして暑い夏に備えていた昔の人々から私たちは学ぶことがたくさんありそうですね。
現代でも半夏雨を忘れてはいけない!その理由とは
半夏雨はその年の豊作を占う大切な存在でした。半夏雨と聞くと、昔の人はきっと身が引き締まる思いがしたことでしょう。
それは現代の私たちにも当てはまることです。半夏雨の降る頃は現在も高温多湿の過ごしにくい季節です。
暑さに体が慣れていないための熱中症や、食中毒の心配もあります。つい冷蔵庫があるから大丈夫、医学が発達しているから大丈夫と油断してしまいますが、私たちも半夏雨や半夏生といった言葉を心に刻み、十分に注意をして生活をするべきです。
また現代の日本でも、半夏雨の降る季節は水害が起こりやすくなっています。
私たちは天候のことは天気予報に頼るしかないと考えがちですが、昔の人々が半夏雨を怖れ、敬っていたのは自衛手段の1つになっていました。半夏雨が降る半夏生が七十二候から、もっと人々に親しい雑節になったのも、自分の身を守るためには必要なことだったのでしょう。体の内と外、両方を守るためには半夏雨という言葉を覚えておいて損はありません。
魅力がいっぱい!俳句の季語として使われる半夏雨!
半夏雨は戒めを意味するだけでなく、俳句の季語としても使われてきました。
夏の季語としては半夏生の出番が多いようですが、俳句で使われる半夏雨はしっとりと落ち着いた雰囲気を出せるため、使われることが少なくても、キラリと光る俳句になるようです。
「くらげなす透明傘も半夏雨」
上田五千石という東京都出身の俳人の句ですが、易しくわかりやすい言葉が並んでいながら、透明傘(ビニール傘のことでしょう)をクラゲに見立てた幻想的な光景が目の前に広がるように感じます。
この句は1982年の「風景」という句集の補遺(後から加えること)であり、いわば現代の俳句です。この俳句によって、現代まで半夏雨という言葉は生きていることがわかります。この言葉は俳句に使われることで、未だに私たちに降りしきる雨の光景を見せることができます。
半夏雨は昔の人には驚異であり、今の私たちにも決して喜ばれる存在ではありませんが、俳句の中でなら幻想的な光景を見せてくれる力を持っています。梅雨の後半、降りしきる雨に嫌気がさしたときには、俳句の世界に一時遊んでみるのもよい気分転換になるはずです。
まとめ
今回は半夏雨について解説しました。
半夏雨の降る季節についてお知らせしましたから、健康的に過ごすための参考になるでしょう。
最近は夏の豪雨について異常気象だと報道されていますが、昔から人々は雨の必要性だけでなく、恐ろしさも知っていました。
それが半夏雨という言葉になって定着しました。私たちも半夏雨や半夏生といった言葉を忘れないように心がけましょう。
季語として使われる半夏雨には大きな魅力があります。雨の季節をずっと警戒し続けるのもきゅうくつです。
俳句の世界では半夏雨の魅力をたっぷりと味わってくださいね。