雁(ガン)という鳥がいます。
今はあまり馴染みがなくなってしまいましたが、かつては日本人に愛され、「雁が音」という美しい名前で呼ばれていました。
どんなふうに昔の人たちに愛されたのか、とても気になりますね。
今回は「雁が音」について解説します。
「雁が音」は、日本茶の名前としても人々に親しまれています。
また「雁が音」だけでなく、雁に関する言葉は色々とありますが、それらはみな俳句の季語として、よく知られています。
始めに雁はどんな鳥なのかを知れば、きっとどこが昔の人を惹きつけたのかわかるはずです。
そして雁が音という言葉が、きっと身近に感じられるようになるでしょう。
雁はどんな鳥?「雁が音」の意味と由来!
雁は鴨(カモ)の仲間ですが、鴨より大きく白鳥より小さい渡り鳥です。
雁というのは1種類だけを指すのではなく、15種ほどの仲間がいます。
日本には冬になる前に北方から真雁(マガン)、雁が音(カリガネ)、黒雁(コクガン)、白雁(ハクガン)などが渡ってきて、春になると帰っていきます。
空を飛ぶときに隊列を組んで、竿型や鉤型になっているのが雁の特徴です。
この特徴を知ると、ああ、あの鳥かと思う人もいるかも知れませんね。
空を飛ぶときに、雁はグァングァンという鳴き声を出します。
この声を昔の人は殊の外愛したそうです。
雁の1種の名前にもなっている雁が音は、雁の鳴き声という意味でしたが、これがいつしか雁そのものを意味するようになりました。
雁が日本にやって来るのは、晩秋のことですから、雁の空を飛ぶ姿と鳴き声は、昔の人たちにそろそろ冬がやって来ることを教えてくれるものでした。
雁の鳴き声を聞いて、感傷的な思いとともに、空を見上げた人も多かったのではないでしょうか。
季節を知らせてくれるだけでなく、雁は日本では古くから狩猟の対象になっていました。
煮物やおでんによく使われる「がんもどき」は豆腐に人参やゴボウを混ぜて油で揚げたものですが、雁の肉に味を似せて作った精進料理だから、がんもどきだという説もあります。
誰にとっても雁はごちそうだったのでしょうか。
雁は日本人にとって、心も体も満たしてくれる大切な存在だったのです。
季語としての「雁」の歴史!万葉の時代から、愛されてきた「雁」!
雁が実際に日本で生活するのは冬の間なので、本当は冬の鳥ですが、北方から渡ってくる晩秋の光景に情緒があるため、晩秋の季語になっています。
雁が晩秋の季語になっているといっても、雁の名前そのものが季語になっているもの(真雁・マガンや菱喰・ヒシクイなど)、空を飛んでいる雁の様子が季語になったもの(雁渡る、雁の棹、雁が音など)があります。
雁が群れをなして空を飛んでいることを表す言葉の数は多く、やはり人々は空を飛んでいる雁の姿、そして同時に発せられる鳴き声に心を寄せていたことがわかります。
これらの言葉を思い浮かべるだけで、秋の夕暮れの空が目の前に広がるような気持ちになりますね。
雁が渡ってくる頃は、七十二候では鴻雁来といい、昔の人は、この頃の寒さを「かりがね寒き」と表しました。
この言葉もまた、今でも季語として使われていますが、最初にこの言葉が使われたのは万葉集だということですから、雁が音という言葉にはかなりの歴史があることがわかります。
お茶なのに「雁が音」!その優美な由来とは
暑い時期は冷たいものばかり飲んでいた人も、雁が渡って来る晩秋には熱いお茶が嬉しくなりますね。
日本茶の中に雁が音と呼ばれる種類があるのをご存知ですか。
もともと京都で使われていた言葉だそうですが、普通の日本茶が葉の部分を使っているのに対して、雁が音は茎の部分を使っているお茶で、全国的には茎茶と呼ばれることが多いようです。
玉露や煎茶を製造するときに、茎や葉脈を取り除きますが、茎や葉脈にも十分に風味があるため、お茶として販売されます。
茎には、葉にはない爽やかな風味が感じられるため、わざわざ雁が音を好んで飲んでいる人もたくさんいます。
雁が音の名前の由来は、茶葉の茎の部分を、雁が渡っている途中に、海の上で体を休めるための小枝に見立てたことだといわれています。
普通の日本茶は2煎目からの方が、味が出て美味しいといわれていますが、雁が音は1度お茶を淹れると、次からは味が薄くなってしまいます。
その点だけに注意すれば、高級な茶葉の味を手軽に味わうことができるので、雁が音はお勧めのお茶なのです。
また、茶葉が茶こしの網目に詰まりやすいのに比べ、茎を使っている雁が音は後片付けが簡単です。
雁が音はお得なだけでなく、便利なお茶でもあります。
そんな実用的なお茶に雁が音という美しい名前を付けるところに、京都の人たちの優しさを感じられますね。
もう「雁が音」が聞けなくなる?対策方法は?
こんなに日本人に愛され、長い間寄り添って暮らしてきた雁ですが、最近は雁の姿をあまり見かけなくなりました。
雁そのものを知らなければ、雁が音と聞いてもピンと来るはずがありません。
そこには雁の数の減少という問題があります。
雁は江戸時代には将軍の鷹狩の対象として保護されていましたが、明治時代になってから多獲されるようになり数が減少していきました。
また雁が多くやって来る千葉の手賀沼や印旛沼が開発されてからは、更に減少してしまいました。
雁は1971年には狩猟鳥から外され、天然記念物に指定されましたが、全く日本にやって来なくなった種類の雁もいたため、同時期に雁の保護をする活動が日本国内だけでなく、ほかの国も巻き込んで行われるようになりました。
稲刈りが終わった後の水田に水を張って、雁の生息地を作ろうという試みが2005年頃から日本でも行われるようになっています。
同じ試みはスペインでは200年も前から実行されていたそうですし、江戸時代の日本でも田の土壌を豊かにするためには、冬に水を張るべきだという考え方がありました。
よい田ができて、雁の居場所も確保できれば、人間と雁、どちらにとっても嬉しいことです。
そのためには田の数自体を今よりも減らしてはいけません。
田の数を減らさないためにも、私たちが率先して米を食べるべきではないでしょうか。
いつか雁が音という言葉を聞いたときに、すぐに鳴き声が思い出せるようになるとよいですね。
消えた「雁風呂」?今のままでは「雁が音」も…
現在の私たちの生活に、雁はかつてのように密着していません。
雁が登場する言葉などは、先程紹介したがんもどきくらいではないでしょうか。
(がんじがらめも雁が関係した言葉ですが、それを知っている人は少ないようです)
雁風呂というちょっと感傷的になってしまいそうな風習が、有名になった時期がありました。
晩秋日本にやって来る雁は、木の枝などを口にくわえて、または足でつかんでやって来るといわれていました。
雁は海に浮かべたその枝の上で、休憩すると信じられていたのです。
(お茶の雁が音の由来とも一致しています)
雁は日本に到着すると海岸に枝を置いておき、帰りには同じ枝を持って帰っていくとされていました。
枝が置きっぱなしになっているときは、持ち主の雁が日本で死んだと考えられて、青森県津軽地方の人たちが供養のために置きっぱなしの枝を集めて風呂を焚き、人にも入るように勧めたのが、雁風呂または雁供養といわれる風習です。
江戸時代には雁風呂に関することが書かれた文献がいくつかありました。
また古典落語にも雁風呂を主題にしたものがありますが、現在津軽地方には現在そのような風習は残っていないばかりか、雁風呂の記憶すら残っていないようです。
幻の伝説といった感じが何とも心を誘う話ですが、実際に雁が幻になってしまうのは困ります。
野生の動物が絶滅してしまうような場所では、いつかは人間の生活も立ち行かなくなるのは目に見えています。
ぜひ雁が音は、幻の季語にならないように人間が心を配りたいものです。
まずは雁という鳥に注目して、心をとめることから始めていきたいですね。
まとめ
今回は雁が音について解説しました。
雁が音の意味や、季語としての使い方、日本茶の雁が音についてなどを詳しく説明しました。
日本人がずっと心を寄せて愛してきた雁の数が今は減少していることも説明しました。
このままでは雁風呂が実態のない、まるで伝説のような風習だったように、雁が音だけでなく雁そのものが伝説の鳥になってしまいかねません。
小さなことでも構いません。
雁のために自分には何ができるのかを、考えて実行に移してください。
雁が生活するのによい場所は、きっと私たち人間にとってもよい場所に違いありません。美しい雁が音という言葉を、いつまでも使っていきたいですね。