日本は雨がよく降る国のため、雨の名前は400種類以上だともいわれています。
「菜種梅雨」や「秋雨」などは、現代でも普通に使われていますが、「麦雨」はどうでしょうか。
私たちはお米の収穫時期は知っていても、麦については知らないことが多いです。
麦に雨が降り注ぐ季節とは一体いつなのでしょうか。
実は麦に関する言葉は、たくさんの季語になっています。それほど麦は昔の日本人に親しまれてきました。
今は麦畑を見たことがない人も多いでしょうが、麦雨を知ることで、雨や麦に対する昔の人の思いを考えてみませんか?
通勤や通学が大変になるなどマイナスイメージが強い雨ですが、麦雨という言葉一つで気持ちが変わるかも知れませんよ。
本当は困る?その理由と麦雨の意味!
麦雨とは、麦が実る頃、麦秋の頃に降る雨という意味です。
麦が実るのは5月下旬から6月初旬にかけてで、実際の季節は初夏に当たります。
季節的にも緑が濃くなっていくなか、麦畑の中だけが黄金色に色付いて、まるで秋を思わせるため、この季節を麦の秋、「麦秋」と呼んでいます。
今は秋というと9月から11月までの期間を指しますが、実は秋には穀物が成長し、熟す時期という意味がありました。
だから、初夏に麦秋が訪れるのは、別におかしなことではありません。
麦秋の時期に降るため、麦雨は梅雨の別名と説明されています。
辞書などでは五月雨の別名と説明されていることもあります。五月雨はかつて旧暦の5月に降る雨のことでした。
旧暦の5月は今の梅雨時に当たり、昔は梅雨という言葉がなかったために、そのまま五月雨という名前で呼んでいました。
麦雨は五月雨のことでも梅雨のことでも、どちらも間違いではありません。
収穫を控えた麦畑に降る雨は、いかにも豊作を約束してれそうですが、困ることも起きてしまいます。
収穫直前に3日以上雨にあたると、せっかく実った麦の穂が発芽してしまったり、赤カビに見舞われたりします。
こうなると収穫して出荷することはできません。
だから麦を作る農家では、雨が続く前に刈り取りを行います。
麦の成長には欠かせない雨ですが(雨に降られて、麦は1日1cm成長するなどといわれています)、過ぎればよくないことも起きます。これはどんなことにでもいえることですね。
七十二候とも関係ある?麦雨は大切な農作業の目安です!
今でこそ麦雨というと風流な人が使う言葉という雰囲気ですが、昔の人にとっては常識だったかも知れません。
なぜなら七十二候という季節を知るための暦のようなものに、ちゃんと「麦秋至」と記載されているからです。
麦秋至は七十二候の24番目で、今の暦の5月31日頃から6月4日頃までを指し、麦の秋(収穫期)を迎える頃に当たります。
麦秋至は二十四節気の8番目、小満の末候にも当たります。
すべてのものが成長するといわれる小満の時期、麦の収穫は一足早い喜びを人間たちに与えてくれました。
七十二候に麦秋至が存在することで、麦がいかに昔の人たちにとって大切だったのかがわかります。
だから麦を収穫する頃の雨についても神経を使っていたことが想像できます。
二毛作を行う農家では麦の収穫の後に、田植えを行います。
麦雨の前には麦を収穫して、その後は田植えに備える必要がありました。
麦雨は農作業を行う上での、大切な目安になったはずです。
梅雨には麦雨のほかに水取雨という別名もあります。これは田植えに必要な水を与えてくれる雨という意味です。
よく昔から五穀豊穣といいますが、これは米、麦、あわ、豆、きび(またはひえ)のことです。
麦雨は麦の収穫を知らせ、米の成長を支えてくれるわけですから、梅雨の時期の雨はまさに恵みの雨ということができます。
これは昔も今も変わらない事実でしょう。何しろ未だに人間の力では水を作り出すことはできません。
最終的には雨に頼るしか方法はないのです。
麦雨だけじゃない!麦に関連する言葉はこんなにたくさん!
麦秋や麦雨だけでなく、麦に関連する言葉はたくさんあり、それらはみな俳句を作るときの季語として使われています。
麦の種を蒔く「麦蒔」は初冬の季語、強く育てるために麦の芽をわざと踏む「麦踏」は早春の季語、麦が青々と育った様子を表現している「青麦」は春の季語、麦の収穫に関連する「麦刈」、「麦扱(むぎこき・麦の穂をこき落とすこと)」、「麦打(むぎうち・刈り取った麦の穂を殻竿で打って落とすこと)」はすべて初夏の季語です。
また麦の収穫時期の天候については麦雨だけでなく、「麦嵐」という言葉もあります。
嵐とありますが、これは初夏の爽やかな風を意味しています。
収穫の時期を迎えた麦畑を揺らす光景が想像できそうな言葉ですね。
麦に関する言葉はこれで全てではなく、まだたくさんあります。
「麦藁帽(むぎわらぼう)」などは、昔の夏休みを思い出す懐かしい言葉です。
麦に関連する季語の多さからは、1年の大半を麦とともに過ごしてきた昔の人の生活がわかるような気がします。
昔の人は暦に頼らなくても、麦の成長が季節を教えてくれたのかも知れません。
大切にされてきた麦!理由は利点がたくさんあるから!
なぜ昔の人たちは麦をこんなに大切にしたのでしょうか。
今でも私たちの食生活には麦が欠かせません。
うどんなどの麺類やパン、ビールに麦茶などなくなってしまっては困るという人も多いでしょう。
麦は栄養的にも優れています。大麦の食物繊維は白米の17倍も含まれているので、便秘解消に効果があります。
コレステロールや糖尿病対策にもなるので、生活習慣病に悩まされる現代人には嬉しい穀物です。
また実際に農業をする人にも麦はおすすめの穀物です。
秋に米の収穫を終えた後、同じ場所を使って麦を作ることができるため、年間の穀物の収穫量を増やすことができます。
長い間種まきができるので、作業をする人は予定を立てやすいし、畑に直接蒔けるため作業が楽です。
ほかにも麦は寒い季節を挟んで成長するため、雑草の心配が少なく、肥料もそれほど要らないなど、農業をする人にとっての利点が多いのです。
何も植えていない畑は春先の強い風で土が飛んでしまいます。これは風食被害といって、土を失う農家も困りますが、土埃などの被害を受ける近隣の家も困ってしまいます。
秋の作物の収穫が終わった後に麦を蒔いて、十分に育てておくことでこの風食被害を防ぐことができます。
様々な食べ物に利用でき、栄養的に優れ、農作業をする人にも利点が多い麦が大切にされてきたのは当然のことだったといえます。多くの人が麦の成長とともに1年をおくったことでしょう。
中国語で麦雨を何という?麦雨の頃には古傷が痛む?
二十四節気七十二候はもともと中国から日本に輸入されて来たものですが、麦秋至と同じ時期を中国では「小暑至(やっと暑くなり始める)」といいます。
二十四節気は中国から入ってきたものをそのまま使っていましたが、七十二候の方は日本の気候に合わせて何回か変更されているそうです。
ただ麦雨を梅雨の別名とするなら、中国の上海から南にも存在します。
時期も日本とあまり変わらないそうですが、中国語では単に「梅雨(メイ・ユー)」といいます。
もともと中国語で梅雨のことを「霉雨(バイ・ウー)」といっていました。霉はカビを意味しています。
これが日本に入ってきて、この時期に大きく成長する梅にちなみ、梅雨という字が当てられるようになったそうです。
今でも多くの人たちに愛されている中国の歴史書「三国志」にも梅雨が関係するシーンが描かれています。
関羽(中国三国時代の武将で、今は神様になっています)の左腕を流れ矢が貫通して、傷口はふさがったものの、梅雨に入るとシクシクと傷跡が痛みました。
関羽の場合は矢の先に毒が塗ってあったことが原因でしたが、梅雨になると古傷が痛むというのはよくある話ですから、このシーンに共感した人は、日本、中国ともにかなりの数に達するのではないでしょうか。
今では天気痛と名付けられていますが、気圧の変化とともに様々な痛みが生じることが知られています。
また中国語の霉雨がカビを意味していたことからもわかりますが、昔も今も梅雨の時期は湿度が高く、すぐにものがカビてしまいます。カビにとっては成長の季節といえますが、人間はこの季節は食中毒などに注意しなくてはなりません。
梅雨時にはいつも以上に健康的な生活を心がけましょう。
ちなみに梅雨は東アジアにしかありません。梅もアジアにしか存在しないそうです。
人間には少し辛い梅雨の時期ですが、人間たちは成長する植物の姿を思い描くことで、梅雨時の憂うつな気持ちを晴らそうとしたのかも知れません。憂うつになりがちな梅雨時は、気分転換を心がけることも大切です。
まとめ
今回は麦雨について解説しました。麦雨の意味と季節、麦と人間の関係について詳しく説明しました。
麦にある様々な利点がわかると、昔の人たちが麦を大切にしていたことも納得できます。
だから麦に関する言葉がたくさん生まれ、麦雨という言葉が今まで残ってきたのでしょう。
長い期間雨が降っていると体調を崩しがちになります。それは昔から同じだったようですが、それでもその雨が万物を育てるということを昔から日本人はわかっていたのでしょう。
私たちは梅雨や麦雨といった言葉をこれからも大切にしていきましょう。
昔の人たちのように植物の成長に心を寄せれば、長い雨の時期もきっと今までとは違った気持ちになれますよ。