2019年4月1日、平成に続く新たな元号「令和」が発表されました。
元号「令和」は、天皇の生前退位によって制定されたり、はじめて国書を出典元に使っていたりなど、異例の多いものとなりました。
この記事では、新元号「令和」の意味と選ばれた理由を紹介しつつ、元号についての歴史などを詳しく説明します。
新しい元号「令和」の由来と意味とは
国語辞書などには「令和」という二字熟語は収録されていません。つまり、新たに創られた言葉ということです。
安倍晋三首相は、首相官邸の記者会見の場において、「令和」についての解説を述べています。
本日、元号を改める政令を閣議決定いたしました。新しい元号は「令和」(れいわ)であります。
これは「万葉集」にある「初春の令月にして 気淑(よ)く風和(やわら)ぎ 梅は鏡前の粉(こ)を披(ひら)き 蘭(らん)は珮後(はいご)の香を薫(かおら)す」との文言から引用したものであります。そして、この「令和」には、人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つという意味が込められております。
出典:首相官邸ホームページ|平成31年4月1日 安倍内閣総理大臣記者会見
安倍晋三首相は、新元号「令和」について、自身がどのような願いをこめたかについても述べています。
悠久の歴史と薫り高き文化、四季折々の美しい自然、こうした日本の国柄をしっかりと次の時代へと引き継いでいく。
厳しい寒さの後に春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように、一人一人の日本人が明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる、
そうした日本でありたいとの願いを込め、「令和」に決定いたしました。
出典:首相官邸ホームページ|平成31年4月1日 安倍内閣総理大臣記者会見
京都大学の阿辻哲次名誉教授によると、「万葉集」に記載されている「令月」は「素晴らしい月」という意味だそうです。漢字の「令」は、令嬢や令息という熟語として使われることから分かる通り、「良い」や「優れている」という意味があります。
また、東京大東洋文化研究所の大木康教授(中国文学・文化学者)によると、中国では「令月」に「吉日」と付けることが多いらしく、「令」は「吉」と通じて、めでたい意味があるそうです。
「大化」から「平成」に至るまで、元号の出典元とされてきた文献は、中国の古典ばかりでした。今回の元号「令和」は、初めて出典元を国文学を使ったことになります。また、「令」という漢字は、今までの元号で使用されていません。
「令和」という元号は、さまざまな意味で異例づくしと言えます。
いつから新しい元号「令和」に変わるの?
新元号「令和」は、2019年5月1日から施行されます。
新元号を施行するための移行期間として、2019年4月31日までは、平成として扱われます。
そもそも元号とは
元号とは、日本を含むアジア東部で見られる紀念法の一種です。
一国の君主が時代に名前を付ける行為は、君主が空間のみならず時間までも支配するという思想に基づいています。
元号は、特定の年代につけられる称号です。基本的には、年単位となります。ただし、1年の途中でも改元されることもあります。たとえば、昭和64年は、新年開始から7日間しか続いていません。
元号と似たような言葉に年号がありますが、大まかな意味は同じです。江戸時代までは、年号の方が広く使われていました。明治時代からは、一世一元の制が定着したことに加えて、元号が法的用語となったため、元号の方が広く使われるようになりました。
元号は誰が・どのようにして決めるのか
1979年(昭和54年)6月の第87回国会において成立した元号法には、「皇位の継承があったときには、新たに元号を定め、一世の間、これを改めない」と「元号は、政令で定める」と記されています。しかし、明確な手順までは定められていません。
ただし、1979年(昭和54年)10月、大平内閣は、元号の選定についての具体的な要領(いわゆるガイドライン)を定めました。これによると、次の4つの段階を順に進めていくこととされています。
- 候補名の考案
- 候補名の整理
- 原案の選定
- 新元号の決定
新元号「令和」が決まるまでの実際の手続きを踏まえつつ、各段階について説明します。
候補名の考案
候補名の考案については、内閣総理大臣が選んだ数名の有識者(文学系の大学教授など)に依頼されます。「令和」の考案については、国文学・漢文学・日本史学・東洋史学の4分野から専門家を選び、彼らに依頼したそうです。
有識者は、2~5個の候補名を考案して、「候補名の意味」と「候補名を選んだ理由」などの説明書きも添えて、内閣に提出します。
候補名の整理
総理府総務長官(現在の内閣官房長官)は、提出された候補名について検討・整理して、その結果を内閣総理大臣に報告します。
候補名を検討する際に、以下の6つの点に注意することが定められています。
- 国民の理想として掲げるに足るような、良い意味を持っていること。
- 漢字2字で表されていること。
- 総画数が少ないなど、一般人でも書きやすいこと。
- 常用漢字であるなど、一般人でも読みやすいこと。
- これまでに元号または贈り名(偉人の生前の功績などに基づく名)として使われていないこと。
- 人名・地名・商品名・企業名などとして、一般的に使われていないこと。
原案の選定
内閣官房長官は、各界の有識者を招いて、元号に関する懇談会を開きます。「令和」の場合は、有識者として、京都大学の山中伸弥教授(ノーベル医学生理学賞受賞者)や直木賞作家の林真理子さんら9人が選ばれました。
懇談会では、新元号の原案について、有識者が意見を交わし合います。懇談会の結果は、内閣総理大臣に報告されます。
内閣総理大臣は、衆議院と参議院の議長・副議長に連絡して、新元号の原案についての意見を聴取します。
さらに、全閣僚会議において、新元号の原案について協議します。
新元号の決定
閣議において、改元の政令が決定されます。
内閣官房長官は、記者会見の場にて、決定された新元号を発表します。これにより、新元号が国民に知れ渡ることとなります。
日本の元号の歴史
日本書紀によると、大化の改新(645年)の際に「大化」が使われたことが元号の最初であるとされています。
当時の日本は、先進国であった唐(現在の中国)に遣唐使を送り、唐の文化や制度を遣唐使に学ばせて、自国に持ち帰らせていました。
遣唐使からもたらされた中国の制度の中には、年を数える方法として使われていた元号制も含まれていました。中国の元号制を真似たことで、日本の元号制が始まりました。
「大化」の次は、「白雉」に改元されます。ただし、「白雉」から「朱鳥」に改元されるまでは、空白期間となっています。孝徳天皇が崩御した後、斉明天皇が即位する際に、元号を制定しなかったからです。
天武天皇の晩年にあたる686年には「朱鳥」に改元されます。天武天皇が崩御した後、文武天皇が即位しますが、再び元号を制定しませんでした。
701年に発布された大宝律令において「公式文書に年を記す際は、元号を使いなさい」という旨のことが明文化されたことで、以後も継続的に元号が使われるようになります。
昔の元号は、天皇の即位と関係ない時期にも改元がおこなわれきました。
たとえば、地震・火災・凶作のように、人々の生活を脅かすような大問題が発生した際に改元しています。また、「甲羅に北斗七星のような模様のある亀が見つかった時」や「伊勢斎宮に美しい雲が現れた時」にも改元しています。
昔の改元には、「時代を切り替える」という意味が込められていたことが窺えます。
明治時代に入ると、一世一元の制(天皇一代につき元号一つ)が定められます。これにより、頻繁な改元がおこなわれなくなりました。
元号に使われた頻度の多い漢字について
これまで日本の元号に使われてきた漢字は、今回の新元号「令和」も含めて、わずか73文字です。
15回以上も使われている漢字は、以下の通りです。
- 永:29回
- 天:27回
- 元:27回
- 治:21回
- 応・和:20回
- 長・正・文:19回
- 安:17回
- 延・暦:16回
- 寛・徳・保:15回
どんな新元号が予想されていたか
新元号「令和」が発表されるまでに、どんな新元号が決められるかについて、さまざまな予想が飛び交っていました。
2019年1月21日、新元号の予想を一般募集していたヴィンテージワイン専門店「年号ワイン.com」では、以下のような予想ランキングが発表されました。応募総数は、15766通です。
- 1位: 安久(60通)
- 2位: 安永(46通)
- 3位: 安始(32通)
- 4位: 栄安(31通)
- 5位: 安明(25通)
- 6位: 永安(21通)
- 7位: 永和(20通)
- 8位: 永明(19通)
- 9位: 安成(17通)
- 10位: 和平(15通)
- 10位: 安栄(15通)
また、東京都渋谷区にある人工知能開発企業「GAUSS」では、人工知能による新元号予想をおこなっていました。
人工知能による3月31日の時点の予想内容は、以下の通りです。並び順は、新元号の確率が高い順です。
- 仁愛
- 文功
- 功永
- 武功
- 日安
- 文喜
- 日愛
- 功賛
- 功賞
- 功易
新元号の予想は不敬な行為なのか
インターネット上では「新元号を予想することは不敬に当たる」という意見が散見します。
新元号を予想することが不敬と言われる理由は、元号を改めることは天皇が崩御(死去)されることが前提だからです。天皇が存命であるにもかかわらず、新元号の予想を話の種にすることは、不謹慎な行為です。
ただし、「令和」の改元については、元号を予想しても不敬に当たりません。今回の改元は、今上天皇が存命中に退位することが前提であるため、崩御と関係ないからです。
新元号の制定で天皇誕生日は変わるの?
12月23日は今上天皇の誕生日であることから、これまで祝日とされてきました。
2019年5月1日に「令和」が施行されると同時に、今上天皇は退位されます。そうなると、次に即位する人物の誕生日が、新たな天皇誕生日として扱われます。もしも皇太子徳仁親王が即位される場合は、2月23日が新たな天皇誕生日として制定されることになります。
政府の見解によると、当面は12月23日を平日として扱うようです。退位後の今上天皇(肩書は上皇になる)が存命中に12月23日を祝日にすると、新旧天皇の併存による二重権威となり、天皇の絶対性が損なわれかねないからです。
なお、10月22日は「即位礼正殿の儀の行われる日」となるので、祝日として扱われます。ただし、これは2019年限りの祝日です。
外国も元号制を採用しているのか
天皇の即位などを理由に元号を変えている国は、世界でも日本のみです。
元号制の参考元であった中国でさえ、今は中華民国暦(中華民国が成立した1912年を紀元とする)を使っています。
海外の多くの国では、西暦やイスラム暦を採用しています。世界のほとんどの地域は、キリスト教かイスラム教の文化圏だからです。
元号と西暦と年齢の対応表
最後に、元号と西暦と年齢の早見表を掲載します。年齢の欄は「その年に生まれた人が、現在は何歳であるか」を表しています。
西暦 | 元号 | 年齢 |
1919年 | 大正8年 | 100歳 |
1920年 | 大正9年 | 99歳 |
1921年 | 大正10年 | 98歳 |
1922年 | 大正11年 | 97歳 |
1923年 | 大正12年 | 96歳 |
1924年 | 大正13年 | 95歳 |
1925年 | 大正14年 | 94歳 |
1926年 | 大正15年/昭和元年 | 93歳 |
1927年 | 昭和2年 | 92歳 |
1928年 | 昭和3年 | 91歳 |
1929年 | 昭和4年 | 90歳 |
1930年 | 昭和5年 | 89歳 |
1931年 | 昭和6年 | 88歳 |
1932年 | 昭和7年 | 87歳 |
1933年 | 昭和8年 | 86歳 |
1934年 | 昭和9年 | 85歳 |
1935年 | 昭和10年 | 84歳 |
1936年 | 昭和11年 | 83歳 |
1937年 | 昭和12年 | 82歳 |
1938年 | 昭和13年 | 81歳 |
1939年 | 昭和14年 | 80歳 |
1940年 | 昭和15年 | 79歳 |
1941年 | 昭和16年 | 78歳 |
1942年 | 昭和17年 | 77歳 |
1943年 | 昭和18年 | 76歳 |
1944年 | 昭和19年 | 75歳 |
1945年 | 昭和20年 | 74歳 |
1946年 | 昭和21年 | 73歳 |
1947年 | 昭和22年 | 72歳 |
1948年 | 昭和23年 | 71歳 |
1949年 | 昭和24年 | 70歳 |
1950年 | 昭和25年 | 69歳 |
1951年 | 昭和26年 | 68歳 |
1952年 | 昭和27年 | 67歳 |
1953年 | 昭和28年 | 66歳 |
1954年 | 昭和29年 | 65歳 |
1955年 | 昭和30年 | 64歳 |
1956年 | 昭和31年 | 63歳 |
1957年 | 昭和32年 | 62歳 |
1958年 | 昭和33年 | 61歳 |
1959年 | 昭和34年 | 60歳 |
1960年 | 昭和35年 | 59歳 |
1961年 | 昭和36年 | 58歳 |
1962年 | 昭和37年 | 57歳 |
1963年 | 昭和38年 | 56歳 |
1964年 | 昭和39年 | 55歳 |
1965年 | 昭和40年 | 54歳 |
1966年 | 昭和41年 | 53歳 |
1967年 | 昭和42年 | 52歳 |
1968年 | 昭和43年 | 51歳 |
1969年 | 昭和44年 | 50歳 |
1970年 | 昭和45年 | 49歳 |
1971年 | 昭和46年 | 48歳 |
1972年 | 昭和47年 | 47歳 |
1973年 | 昭和48年 | 46歳 |
1974年 | 昭和49年 | 45歳 |
1975年 | 昭和50年 | 44歳 |
1976年 | 昭和51年 | 43歳 |
1977年 | 昭和52年 | 42歳 |
1978年 | 昭和53年 | 41歳 |
1979年 | 昭和54年 | 40歳 |
1980年 | 昭和55年 | 39歳 |
1981年 | 昭和56年 | 38歳 |
1982年 | 昭和57年 | 37歳 |
1983年 | 昭和58年 | 36歳 |
1984年 | 昭和59年 | 35歳 |
1985年 | 昭和60年 | 34歳 |
1986年 | 昭和61年 | 33歳 |
1987年 | 昭和62年 | 32歳 |
1988年 | 昭和63年 | 31歳 |
1989年 | 昭和64年/平成元年 | 30歳 |
1990年 | 平成2年 | 29歳 |
1991年 | 平成3年 | 28歳 |
1992年 | 平成4年 | 27歳 |
1993年 | 平成5年 | 26歳 |
1994年 | 平成6年 | 25歳 |
1995年 | 平成7年 | 24歳 |
1996年 | 平成8年 | 23歳 |
1997年 | 平成9年 | 22歳 |
1998年 | 平成10年 | 21歳 |
1999年 | 平成11年 | 20歳 |
2000年 | 平成12年 | 19歳 |
2001年 | 平成13年 | 18歳 |
2002年 | 平成14年 | 17歳 |
2003年 | 平成15年 | 16歳 |
2004年 | 平成16年 | 15歳 |
2005年 | 平成17年 | 14歳 |
2006年 | 平成18年 | 13歳 |
2007年 | 平成19年 | 12歳 |
2008年 | 平成20年 | 11歳 |
2009年 | 平成21年 | 10歳 |
2010年 | 平成22年 | 9歳 |
2011年 | 平成23年 | 8歳 |
2012年 | 平成24年 | 7歳 |
2013年 | 平成25年 | 6歳 |
2014年 | 平成26年 | 5歳 |
2015年 | 平成27年 | 4歳 |
2016年 | 平成28年 | 3歳 |
2017年 | 平成29年 | 2歳 |
2018年 | 平成30年 | 1歳 |
2019年 | 平成31年/令和元年 | 0歳 |
まとめ
新しい元号「令和」は、天皇の生前退位であったり出典元が国書の万葉集であったりなど、異例の多い状況の中から生まれました。
元号「令和」は、2019年5月1日より施行されます。4月31日までは平成として扱われ、新元号への移行期間とされます。
新しい元号が決定されるまでには、有識者から候補名を考案してもらったり、懇談会や閣僚会議の場で協議を重ねたりなど、慎重な手続きを重ねます。
現在となっては、天皇の退位などによる改元をおこなっている国は、世界でも日本のみです。新元号「令和」に込められている意味のように、悠久の歴史と薫り高き文化を尊重して、日本の国柄を次の時代へ引き継いでいきましょう。