みなさんは「虫出しの雷」というフレーズを聞いたことがありますでしょうか。
字面をみてもとても面白い言葉ですよね。
あまり馴染みのない言葉かと思いますが、実は俳句の季語にも関係がある、季節に関する日本独自の感性が表れているフレーズなんです。
今回は「虫出しの雷」について、どんな意味があるのかや時期、俳句での使われ方までまるっと解説していきますよ。
「虫出しの雷」って何のこと?どんな意味がある?
そもそも「虫出しの雷」というフレーズを聞いたことがない方にとっては、これが何をさす言葉なのかすら分からないのではないでしょうか。
字面をみて考えると少し正解に近づけるかと思いますが、何となく春を連想させるように感じませんか?
そう、「虫出しの雷」とはズバリ春の訪れを表す言葉なのです。
意味を知ると、このフレーズが表す日本人らしさを感じることができますよ。
まずは「虫出しの雷」がいつのことをさすのかをみていきましょう。
●立春~啓蟄後に鳴る最初の雷が「虫出しの雷」
「虫出しの雷」は、冬の間みかけない生き物たちが動き出す合図という意味があります。
春先に鳴る雷によって、冬眠している生き物が起きてくると考えられていたのですね。
これは暦上の春を過ぎて最初に鳴る雷のことをさすんです。
現在は4月~が春だという認識ですが、昔の暦では立春の頃から春の区分にされていました。
立春や啓蟄を過ぎた最初の雷が「虫出しの雷」と考えられていたんです。
立春は2月4日、啓蟄は3月6日頃にあたります。
どちらも古来の季節感である「二十四節気」の一種です。
暦なので毎年前後するのですが、この頃に鳴る雷によって昔の人々は春の気配を感じていたのですね。
●「虫」と書きますが、実際は…
現在の感覚から考えると、虫=昆虫、ですよね。
「虫出しの雷」を書き表す際も、よく見かける字体ですから昆虫が地中からのそのそと出てくる様を表しているように感じてしまいます。
しかし昔の書き方で考えると、「虫出しの雷」で起きだすのは虫たちだけではないことが分かるんです。
虫という字はもう一つ、「蟲」という表現もありますよね。
うごめく、という読み方で馴染みある漢字ですが、本来はこちらの字で表す方が正解といえるんですよ。
この「蟲」という字には昆虫だけでなく、生き物全般を表す意味が込められていました。
つまり「虫出しの雷」は冬眠していた生き物全ての目覚まし時計になっていた、と考えられていたといえるんです。
「虫出しの雷」は別の言い方で…?
「虫出しの雷」がいつのことをさすのか把握することができましたね。
春に虫たちを起こすという意味の「虫出しの雷」は面白いフレーズですが、実は他にも言い方があるんですよ。
どんな別名があるのか確認しておきましょう。
後ほどご紹介しますが、中には俳句の季語としてみられる言い方もあります。
生き物や自然の移ろいで季節を感じる表現はそのままに、「虫出しの雷」にはさまざまな別名があることが分かりますよ。
別名1:虫出し
むしいだし、と読む言い方です。
「雷」を取っても通じていた証拠でもあるのでしょう。
冗長にならない表現になっています。
別名2:初雷
はつかみなり・はつらい、と読みます。
立春~啓蟄後すぐの雷であることを端的に表していますね。
俳句の季語にもよく使われています。
別名3:春雷
しゅんらい、という言い方もあります。
春を告げる雷としてぴったりのよび方ですね。
こちらも初雷と同様に、俳句によく見られる表現です。
なぜ雷が鳴りやすいの?
昔の人々が、立春~啓蟄後に最初に鳴る雷を「虫出しの雷」として春の訪れを感じさせるキーワードにしたということは、つまりこの時期は雷が鳴りやすいということになりますよね。
日本ではそこまで落雷はない気候ですが、いったい何故「虫出しの雷」の時期には雷が観測されやすいのでしょうか。
●「虫出しの雷」の原因は寒冷前線!
雷が起きる原因の一つに、寒冷前線というものが関係してきます。
よく天気予報で耳にする言葉ですが、簡単にいうと「暖かい空気があるところに冷たい空気が潜り込んでいく、その境目」のことです。
冷たい空気が下から暖かい空気を押し上げる形になるので、寒冷前線上には発達した雨雲が発生しやすくなります。
空が暗くなるような、雷が発生しやすい雲のことですね。
夏場の前線上空には積乱雲ができ、雷もたくさん鳴りますが、春先の寒冷前線上にできる雲は平たく、夏のように轟く雷は発生しません。
春先には日本列島にこの寒冷前線ができやすく、そのため雷が鳴る機会が増えるんです。
「虫出しの雷」という言葉ができたゆえんには、この時期の寒冷前線が関係していたのですね。
実は俳句の季語にも関係している!?
寒い冬の終わりは人の心を和ませるもの。
現代のように暖房などがなかった時代であれば、その感覚はなおのこと強いものであったことでしょう。
俳句が盛んに詠まれていた頃には、春を感じた喜びを句に表していました。
実は俳句で使われる季語としても「虫出しの雷」は役立っていたんです。
実際、季語として用いられるのは、「虫出しの雷」ではなく別の言い方の「初雷」や「春雷」ですが、昔の人々にとって春の訪れと雷とは関係深いと考えられていたことが分かりますね。
ではどんな俳句が詠まれたのか、こちらでいくつかみていきましょう。
●小林一茶:初雷や乳母がもてる年の豆
立春は2月4日頃ですが、この時期の風習として節分がありますね。
昔も現代のように豆まきを行い、無病息災を願って年の数だけ豆を食べていました。
しかし少し違う点は、江戸時代の頃は立春後の「虫出しの雷」があった日に豆まきの豆を食べると良いと考えられていたようです。
この句には、初雷が鳴ったよ、と言って節分の豆をもってくる乳母の様子が表されていますね。
●正岡子規:初雷の二つばかりで止みにけり
「虫出しの雷」は夏の雷とは違い、長々と鳴り続けるものではありません。
ゴロゴロと二音ほどで鳴りやんだ初雷に、ふと春の気配を感じた様子を表した句になっています。
●加藤楸邨(しゅうそん):春の雷焦土しづかに目覚めたり
「虫出しの雷」が鳴ったことで、冬の寒々とした土地にも徐々に緑が芽吹いてくる予感を感じさせる俳句です。
●原石鼎(せきてい):春雷やどこかの遠ちに啼く雲雀
雲雀(ヒバリ)は古来から春を告げる鳥として有名です。
「虫出しの雷」と共にどこかでヒバリの声が聞こえ、いよいよ春の到来を迎えるといった喜びを感じさせる一句ですね。
虫対策の終わりを告げる鐘でもあった?
「虫出しの雷」は、言葉中にもあるように虫が冬眠から起きだしてくるタイミングの雷ということです。
冬には動物だけでなく、虫たちも暖をとるために身を寄せ合い隠れて過ごします。
有名どころではテントウムシが挙げられますが、彼らは冬の間枯れ枝の隙間に身を寄せ合って過ごすんですよ。
同じように他の虫たちも集まってくるのだという考えから、春になるまでの期間にみられるこんな習慣が生まれたのをご存知でしたでしょうか。
●冬の間は松の木に「菰(こも)」を巻く
松の木が見られるお城周りで、木の幹に藁が巻かれているのを見かけたことはありませんか?
これは菰とよばれ、冬の間に松が好きな害虫であるマツカレハ虫の幼虫をあえて寄せつけて、「虫出しの雷」のシーズンに菰ごと燃やして退治する目的があるものです。
お城やお屋敷の松は害虫に食べられて見栄えが悪くならないように、冬の間に対策をとっておこうという発想ですね。
この菰を外して焼くのが「菰外し」とよばれる伝統で、「虫出しの雷」の時期にあたる啓蟄に実施されていました。
春の雷は菰外しの合図となっていたかもしれませんね。
現在は菰に隠れる虫の多くは松にとって害虫ではないことが判明しているので、害虫駆除の目的は薄れています。
皇居などで実施されていた菰外しも、現在はされていないそうです。
しかし長らく続いてきた伝統なので、冬の風物詩として各地に形だけが残っているのだそうですよ。
まとめ
「虫出しの雷」について、時期や季語としての使われ方などをみてきましたね。
俳句もいくつかご紹介しましたが、こちらの記事をとおして昔から春の訪れをどのように感じていたのか、少しでもみなさんに伝わっていましたら幸いです。
寒く暗い冬を過ごす中で、温かな日差しを待ち望むの気持ちは現在でも変わらないことですが、先人の繊細な感性を我々も受け継いでいきたいものですね。