昔から日本にはどんな鳥がいるか考えたことがありますか?
鶴や雀などは昔話にも出てきますね。
でも、何といっても日本人と馴染みが深いのは雉です。
今では見かけなくなってしまいましたが、かつて雉は山にも平地にもいる身近な鳥でした。
万葉集には雉が登場する和歌がありますし、桃太郎のお供としても有名です。
現在、雉は日本の国鳥に指定されており、かつて一万円札の裏には雉の姿が描かれていました。
その雉が季節を知らせる言葉になっているのをご存知ですか?
「雉始雊」といいますが、これだけを見ても何と読むのか、どんな意味があるのかわかりにくいですね。
今回は雉始雊の読み方、意味そして使い方について解説します。
知っていると季節の変化が楽しみになりますよ。
雉が鳴くと春が来る?地震が来る?「雉始雊」の読み方と意味!
雉始雊は七十二候の69番目、小寒の末候で、現代の暦では1月15日頃から19日頃のことを指します。
読み方は「きじなじめてなく」です。
「雊」という漢字は普段めったに見かけませんが、この一字にはオスの雉が鳴くという意味があります。
毎年、雉始雊には雉が鳴き始めるといわれています。
これは雉の発情期が始まり、メスを求めてオスが鳴き始めるのです。
雉は日本の国鳥にも指定されていることからもわかりますが、日本原産の鳥です。(日本以外の雉はコウライキジという種類です)
雉科にはクジャクや烏骨鶏が含まれていますが、オスの羽の美しさはクジャクと通じるものがあります。
雉はとても縄張り意識が強い鳥で、自分の縄張りの中から「ケーンケーン」とよく通る声で鳴きます。
また、同時に「ほろうち」という激しい羽ばたきを行いますが、ここから生まれた言葉が「けんもほろろ(人の頼みや相談を、冷たく断る様子)」だといわれています。
オスの雉の求愛を冷たくメスの雉が断る様子が由来となっているわけですが、この由来を知ると、何だか急に雉という鳥に親近感が湧いてきますね。
雉が鳴くのは発情期だけではありません。
地震の前に鳴くともいわれており、昔の日本人にとって雉は身近で、その鳴き声にも注意を払っていたのです。
雉が地震の前に鳴くというのは、全くの迷信とはいえないようです。
雉の足の裏には振動を敏感に察知する細胞があり、人間よりも早く地震を知ることができると、科学的にも証明されているそうです。
雉の鳴き声から、昔の人たちは様々な情報を得ていたのですね。
本当に雉が鳴くのは、もっと後?「雉始雊」はなぜ真冬に使われるの?その使い方は?
中国で作られたものをそのまま使っている二十四節気と違い、七十二候は日本独自に作られたものも存在していますが、雉始雊は中国のものをそのまま使っています。
だから少し季節にズレがあるのかも知れません。
実は雉の繁殖期は、本当は3月から7月といわれています。
では雉始雊が1月15日頃を知らせる言葉になったのはどうしてでしょうか。
雉がこの時期のごちそうとして食べられたからだという説があります。
平安時代から雉は食べられてきたといわれています。
鍋やすき焼き、釜飯などのメニューがあったといいますから、現在の鶏肉料理と大差はなかったようです。
雉は鶏肉と比べると、タンパク質が多く、脂質は少ないため低カロリーです。
ミネラルやビタミンも多く含まれているため、現代人向けのバランスのよい食品です。
そのため現在は食用の雉が養殖されているほどです。
かつては正月の宮中に参賀した人に、雉の肉が入った酒が振る舞われたということです。
それだけのごちそうだったわけですが、雉始雊が、季節を知らせる言葉として残って来た理由はこれだけでしょうか?
もともと雉の鳴き声に注意を払ってきた昔の人々は、
春を待つために雉始雊を使ったのではないでしょうか。
鳴き声なら寒い外に出かけなくても、家の中で聞こえることがあるかも知れませんし、雉を食べたことがない人でも、鳴き声なら聞いたことがあるという人は多かったことでしょう。
春を待ち望み、耳をすませて雉の鳴き声を聞こうとしていた人々の姿が想像できますね。
雉始雊の使い方ですが、1月15日頃に出す手紙に使えます。
『雉始雊の候、いかがお過ごしでしょうか』のように時候の挨拶として使ってください。
大寒も近い寒さの厳しい季節ですが、春への希望が膨らむ便りを送ることができるはずです。
「雉始雊」が使い続けられてきたのは、雉が国鳥だったから?国鳥になった理由とは
雉始雊が季節とずれていても、日本で使い続けられた理由は他にもあります。
何回も書いていますが、雉が日本人と馴染み深い鳥だからです。
先ほど紹介した「けんもほろろ」の他にも、雉に関することわざは色々と残っています。
その中に「焼野の雉、夜の鶴」というのがあります。
雉は野原に住んでいますが、その野原を焼け払われたとき、メスの雉は自分の命を顧みずに我が子を守ろうとするそうです。
この雉の姿は寒い夜に我が子を巣で暖める鶴の姿とともに、我が子を思う親の愛情のたとえとなっています。
またオスの雉も、アオダイショウなどの大きなヘビにもひるむことなく、勇敢に立ち向かっていく姿が昔から日本の人々に愛されてきました。
だからこそ桃太郎のお供を立派に務めたのでしょう。
雉としては、自分たちが生きていくことに必死だったのでしょうが、
昔の日本人たちは、その姿に自分たちの理想の姿を重ねていたようです。
雉は大切な食料でもありましたが、それ以上に人々に愛されたために、日本の国鳥となることができたのです。
愛され親しまれてきたから、雉始雊はずっと使い続けられてきたのです。
「雉始雊」は存続の危機?雉を守るためにできるのは、「放鳥」!
人々に愛されている雉ですが、同時に食用にもされていたため、現在でも世界中で、雉は狩猟鳥に指定されています。
雉の数が減るのを防ぐために、日本では毎年愛鳥週間や狩猟が始まる前に雉を大量に放鳥しています。
その数は2004年で約10万羽ということです。
2008年には那須御用邸で、天皇・皇后両陛下が雉と山鳥の放鳥を行いましたが、それ以外にも小学生や保育園児が放鳥を行っています。
このように雉は保護されているにも関わらず、以前のように家の近所で見かけることはほとんどなくなってしまいました。
狩猟されること以外にも、鷹などの大きな鳥に捕食されていることなどが雉を見なくなった理由でしょうが、それだけではなく雉の居場所がなくなってしまったことも大きな理由ではないでしょうか。
身近に雉がいなくなれば、鳴き声を聞くこともなくなります。
このままでは、雉が夜に鳴くと地震が来るなどの言い伝えも消えてしまうでしょうし雉始雊は時候の挨拶として通用しなくなってしまうかも知れません。
雉は自然孵化が難しいため、早めに人間が手を貸してこれ以上雉の数を減らさないようにしなくてはなりません。
カメラで有名な会社「キャノン」では、キジプロジェクトと称して、雉の人工孵化と雛の飼育をしており、2008年からは近隣の小学生や社員の子どもたちを対象にした放鳥イベントを行っています。
日本人が愛してきた雉を、日本人の手で守って行きたいですね。
そして雉始雊がいつまでも、季節を表す言葉として時候の挨拶に使えるようにしていきたいものです。
心の切り替えが必要な時期に!「雉始雊」を使ってみよう!
雉始雊の時期はちょうど小正月と重なります。
関西では今でも1月15日までが松の内といわれ、この日まで門松を飾ります。
関東では随分前から松の内は7日までですが、15日の小正月に年末年始に忙しかった女性たちがほっと一息ついたそうです。
現在でも小正月は気持ちを入れ替えて、普段の規則正しい生活を取り戻すきっかけにできるでしょう。
かつては小正月に元服の儀を行ったそうです。
この儀式を終えると一人前とみなされたことから、以前は1月15日が成人の日でした(現在では1月の第2月曜日になっています)。
これも心の切り替えが必要な儀式ですね。
この1月15日頃はこころの切り替えが必要な時期のようです。
切り替えが上手くいかないと思ったら、ぜひ雉始雊という言葉を思い出して、
来るべき春に思いをはせ、うまく心を切り替えて行きましょう。
もしかするとこれが雉始雊の一番よい使い方なのかも知れません。
まとめ
今回は、「雉始雊」の意味や読み方、使い方について解説しました。
雉という鳥と日本人の関係についても、詳しくお知らせしましたから、雉に親近感が湧いた人も多いのではないでしょうか。
今は中々見ることができませんが、ぜひ雉を見る機会に恵まれるとよいですね。
偶然家の近所で雉を見かけたときの喜びは例えようもありません。
雉始雊という言葉を使うことが、
日本の自然や伝統を守るきっかけになるかも知れませんよ。