日常的に故人を偲ぶ際、仏式の葬儀では祭壇に蝋燭などを灯して献灯をします。
何気なく葬儀に参列する際に、祭壇に蝋燭が灯されているのを気にしたことがある方は少ないかもしれません。
葬儀だけではなく法要やお盆などでも、献灯を儀式として執り行う家庭も多いはずです。
もしかしたら献灯について深い知識を得ることは、日本において火と儀式が密接に結びついていることを知ることでもあるのです。
そこでこちらでは、献灯をする意味などを含めて、ご紹介していきましょう。
概要
献灯とは字のごとく、灯りを献上するという意味です。
仏式の葬儀や法要では「献杯」などという言葉もあるように、故人や先祖の霊に対して敬う信仰があることは確かです。
また寺院だけではなく神道でも使う場合があり、どちらも灯を献上するという意味です。
神道では「火」は神を指す場合も多いのですが、仏教は故人の魂が「灯」そのものを指す場合もあったり、極楽浄土への道を明るく照らすものとも言われています。
「命」の灯を蝋燭に例える場合があるのも、「火」が特別なものであるという認識があるからです。
神道での「火」への信仰とは?
仏教だけではなく神道でも火を特別なものとして崇めているのには、理由があります。
実は日本の神話にでてくるカクグチという神は、「火の神様」と崇められ、カクグチから段々と神が誕生したとされているのです。
もともと日本人には仏という概念はなく、神道的な考え方で生活をしていました。
仏教伝来される飛鳥・奈良時代前までは、万物全ての物に霊が宿るとされていたのです。
水や山、火に至るまで、神の存在を感じ崇めていたのです。
そのため火というものにも、特別な「神」を感じていたのがわかります。
日本以外の「火」への思想とは?
日本では昔から「火」への特別な思いがありますが、世界的な思想についてもまとめていきます。
実はエジプト文明の頃から蝋燭文化は始まっていたと言われており、ソクラテスの時代にはすでに、民衆の間にも蝋燭というものが知られていたといいます。
電気がないという現実も手伝い、人々は蝋燭を中心に生活をしていたともとれます。
日本の仏教における「火」の思想について解説
日本で仏教的にも「火」が献灯として行われるようになったのは、「灯が人の闇を照らす」などとされているからです。
現に仏教の経典にも、釈迦に献灯する行為は「自分の徳を積む」と考えられています。
このように仏教において「火」は、正しい心を持つ、明るい知恵を照らす、得を積むなどの思想を説いています。
またお盆などに蝋燭を灯す行為は、自宅に久しぶりに返ってくる先祖の霊が道に迷わないためであるともいわれています。
「火」を灯す「献灯」は、神道や仏教でそれぞれ意味合いが違えどとても意味がある儀式であるとされているのです。