「水沢腹堅」という言葉があります。
これだけを見るとどんな読み方をして、どんな意味があるのか、ちょっとわかりませんよね。
これは冬の厳しい寒さを表す言葉です。
寒い寒いと文句をいっているだけでは中々伝わらない、寒さの本質を表すような言葉ですから、覚えておいて損はありません。
今回はこの水沢腹堅の読み方と意味、そして使い方について解説します。
ただ言葉を多く発すれば、相手に自分の思いが伝わるわけではありません。
数多くの言葉の中から、そのときと場所にぴったりのものを選んで使う必要があります。
水沢腹堅はそんな言葉の代表になれるはずです。
ぜひ、水沢腹堅を覚えておきましょう。
冬の厳しさが表れている?「水沢腹堅」の読み方と意味!
水沢腹堅の読み方は「さわみずこおりつめる」です。
二十四節気七十二候の71番目、現在の暦では1月25日頃から1月29日頃までに当たります。
これは大寒の最中で、一年で最も寒い時期です。
寒い時期に氷が張るのは、当たり前で関東地方でもバケツの中の水や池の水が凍っているのをよく見かけますが、常に流れている川の水が凍ることはめったにありません。
沢とは、水が流れる場所で、腹は中側の広い部分、そして堅は固いという意味があります。
水沢腹堅では、水が流れる沢の中も固くなってしまう、つまり凍ってしまうという意味になります。
水沢腹堅の前の七十二候は、「款冬華(ふきのはなさく)」です。
これはフキノトウの蕾が顔を出す、という意味で寒くて縮こまりそうな時期に春の訪れを教えてくれます。
そして水沢腹堅の次の七十二候は「鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)」です。
これは春の訪れを感じたニワトリが卵を生み始めるという意味があり、やはり春の訪れを感じさせ、心まで明るくしてくれます。
大寒の時期の七十二候で、水沢腹堅だけがとても厳しさを感じさせるのです。
七十二候にも、アメとムチのような考えがあるのかと思ってしまいますが、やはりこれは季節に対する昔の人の知恵のように思われます。
「水沢腹堅」の使い方!寒い季節に油断をしないために!
もう誰でも知っていることですが、季節の変わり目はそんなにはっきりとしているわけではありません。
冬から春になるときも、毎日段々と暖かくなるわけではありません。
季節は行ったり来たりしながら、徐々に移り変わります。
今日は春爛漫だったけど、次の日は冬に逆戻り、というのはよくあることで、だから季節の変わり目には体調を崩す人が多いのです。
よく聞く言葉に「三寒四温」があります。
3日寒い日が続いたら、次には暖かな日が4日続くという意味で、これを繰り返しながら、冬から春へと季節が移っていきます。
七十二候では一番寒い大寒の時期でも、春の兆しは見付けられると教えてくれ、私たちの心を明るくしてくれますが、同時に流れる水が凍るほど寒いから油断しないようにと促してくれているのではないでしょうか。
実際に年間の最低気温が観測されるのは、水沢腹堅の時期です。
明治35年1月25日には、北海道の旭川市で、日本の史上最低の気温が観測されました。
なんと-41℃だったということです。
暦で水沢腹堅を見かけたら、春の兆しを見付けて喜ぶとともに、その厳しい寒さを思い起こし、自分の体に油断しないように活を入れるとよいでしょう。
そんな使い方をするために、水沢腹堅は字を見るだけで、寒さが伝わってくるような言葉になっているのかも知れませんね。
寒修行で自分を鍛える?「水沢腹堅」の時期の過ごし方
水沢腹堅の時期、立春まではあと少しです。
この時期厳しい寒さを、自分を鍛えるために使う寒修行が各地で行われます。
例えば新潟県南魚沼市の八海山尊神社では、毎年1月28日から節分までの7日間、滝を使った寒修行が行われます。
寒修行をすると福を得られるといわれているため、八海山尊神社で寒修行をした人は節分の豆まきに参加して、集まった観客に福を分け与えるそうです。
このほかにも武道を嗜んでいる人は、寒稽古を行います。
寒中水泳同様、寒い中で無理をして鍛錬をする必要があるのかという疑問が湧いてきますが、精神的なものを重視する日本人らしい習慣でしょう。
みなで寒さを乗り越えたという満足感、稽古の後に振る舞われる豚汁やお汁粉を食べるときの楽しさなどで寒稽古は今も続けられているのかも知れません。
春の兆しを見付けながら、寒さに立ち向かっていると、すぐに節分となります。
季節の分け目なので、節分といいますが、このとき鬼が生じると信じられていました。
この鬼を祓うための行事として今でも有名なのが豆まきです。
掛け声を掛けながら、炒った大豆を撒きますが、普通の掛け声は「鬼は外、福は内」ですね。
鬼を祭神として祀っている神社では「福は内、鬼も内」などと掛け声を掛けるそうです。
鬼を追い出すだけでなく、受け入れてあげるところがあるのが、何とも優しく日本人らしいと感じますね。
節分の翌日は立春、暦の上では春になります。
立春は旧暦の正月とも重なり、一年が新たに始まります。
これは二十四節気七十二候を作った古代中国で、春を正月(1月)、2月、3月と設定したからです。
実際は2月の初旬に急に暖かくなるわけではありませんが、春といわれ、新しい年といわれると心が一層明るくなり、厳しい寒さを一瞬でも忘れられそうですね。
鍛えるだけではない!「水沢腹堅」の時期ならではの楽しさがあった!
昔の日本人はみな季節を大切にして生活をしてきましたが、現在はその季節を感じにくくなっています。
冷房や暖房の発達で、外気を気にすることが少なくなったというのも理由でしょうが、それよりも大きな理由は野菜や果物などの、食べ物の旬がわかりにくくなったことです。
そんな現在ですが、茶道を嗜む人は季節に敏感なようです。
茶道では茶室に飾る花やお茶とともに楽しむ和菓子を季節毎に変化させます。
花や果物ならわかりますが、人の手で自由に作れる和菓子にも季節感を反映させるのは、本当に季節の変化を楽しみ、大切にしている証拠ではないでしょうか。
水沢腹堅の時期にふさわしいのは、笑顔饅と呼ばれる白い薯蕷饅頭です。
薯蕷饅頭とは、すりおろした山芋を生地に加えた饅頭のことです。
加熱すると膨らむ山芋の性質を活かした饅頭で、白くふっくらとした饅頭はほかのものとは一味違った高級感のある仕上がりになります。
高級な饅頭という意味から上用饅頭といわれることもあります。
笑顔饅は、白い薯蕷饅頭の上に一つ赤い点を付けたもので、この赤い点が笑顔を表しているそうです。
ほかに笑窪と呼ばれる饅頭もありますが、これは赤い点を付けた場所が笑窪のようにへこんでいるそうです。
忙しい年末年始を乗り切ったこの時期、お茶席で笑顔饅に出会ったら、暖かな気分になれそうですね。
この時期に行われる茶道に関する行事に「夜咄の茶事」があります。
これが行われるのは冬至に近い頃から立春までで、夕暮れ時の午後5時から6時の間に始められます。
手燭や行灯などの明かりを用いるのが夜咄の茶事の特徴で、どんなに幻想的な茶事(お茶だけでなく食事も出るお茶会)だろうかと、茶道の嗜みがなくても、想像が膨らみます。
昔の日本人は、太陽が出ている時間が短い冬だからこそ、温かみのある手燭や行灯の明かりのもとで茶事を行うことを考えたのかも知れません。
季節の変化を感じ取り、楽しんできた日本人だから夜咄の茶事が行われてきたのでしょう。
「水沢腹堅」を楽しめる、日本人は実は強かった!
夜咄の茶事を紹介しましたが、実は同じ時期に行われる茶事に「暁の茶事」があります。
これは極寒の季節の夜明けを楽しむための茶事で、朝5時頃から始められます。
茶事の途中で、窓を開けて夜が開け始める頃の光を楽しむそうです。
冬の夕暮れや早朝は、寒さが厳しくできれば出かけたくないと思う人も多いはずですが、わざわざこのような茶事を行うところを見ると、日本人は季節の変化を敏感に察知し、それを楽しむだけでなく、積極的に季節の厳しさに対峙することが好きなのでしょう。
寒修行や寒稽古で自分を鍛えるならまだ理解できますが、夜咄の茶事や暁の茶事はそこに楽しさを見出していないとできません。
寒いときには寒さを、暑いときには暑さをとことん楽しむのが日本人の真の姿なのかも知れません。
水沢腹堅、この見ただけで寒くなるような時期を乗り切るだけでなく、楽しんでしまえる日本人は実は世界でも有数の強い人間なのではないでしょうか。
まとめ
今回は「水沢腹堅」の読み方や意味、使い方について解説しました。
この時期に行われる行事についてもお知らせしましたから、寒い季節を過ごすときの楽しみを見付けられるとよいですね。
日本人は昔から流れる水も厚く凍ってしまう水沢腹堅の時期をうまく乗り越えるだけでなく、楽しんで過ごしてきました。
きっと現代を生きる私たちにもそれができるはずです。
何といっても水沢腹堅の時期まで来れば、立春は後もう少しです。
暖かな風が厚い氷を溶かしてくれる時期がやって来ます。
それを待つ間、今回の記事を役に立ててくださいね。