長い冬が終わったときに、人はどんなことで春の訪れを感じるのでしょうか。
風が暖かく感じられる、裸だった木に葉が芽生える、春の花がほころぶ、春を感じられることは色々とありますが、忘れてはいけないことがあります。
それが「蟄虫啓戸」です。
虫という漢字が入っている言葉ですから、内容が想像できるかも知れませんが、読み方や意味を知ってみると、なるほどと納得できます。
現在の都心の生活では中々蟄虫啓戸を実感することができませんが、この言葉を忘れてしまうのは、余りにも寂しいものです。
今回は「蟄虫啓戸」の読み方と意味、そして使い方について解説します。
春の訪れをもっと嬉しく感じられるようになりますよ。
「蟄虫啓戸」の読み方と意味!虫の意味は今と違った?
蟄虫啓戸の読み方は、「すごもりのむしとをひらく」です。
蟄という字には、虫が地中に閉じこもるという意味があります。
蟄虫啓戸には、冬の間寒さを避けて地中に閉じこもっていた虫たちが、春になり戸を開けるように外に出て来るという意味があり、春の訪れを告げる言葉として七十二候に使われています。
蟄虫啓戸は七十二候の7番目で現在の暦では3月5日から9日頃を指し、二十四節気での啓蟄の初候に当たります。
啓蟄なら聞いたことがあるという人が多いと思いますが、啓蟄と蟄虫啓戸はほぼ同じ意味になります。
暖かくなってくると虫が増えるのが憂鬱だと思っている人はいませんか?
蟄虫啓戸の虫は、現在の私たちが考えている昆虫とは少し違います。
漢字の故郷、古代中国では虫と蟲の2種類の字が使われており、虫はヘビ、特にマムシなどの毒ヘビを意味していました。
それに対して蟲は人間を含む動物のすべてを意味していました。
次第に書くのが簡単な虫を使うようになり、意味もヘビとそれよりも小さい動物へと変わっていきました。
小さな動物たちが地上で活動を始める時期に、蟄虫啓戸の名前がつきました。
いつもは気が付いたときには、すでに活動をしているのが小動物たちですが、自然へのアンテナを張っていると、確かに活動を始める時期というのがあるようです。
そうしたことへの注意を怠らないようにするのも、生き生きと生活をするための方法といえるのではないでしょうか。
「蟄虫啓戸」はどんな時期?どんなふうに過ごすの?
蟄虫啓戸の時期には、色々なことを虫と関連付けているようです。
この時期に鳴る雷(正確には立春の後に、始めて鳴る雷)を「虫出しの雷」といいますが、これは地中で眠っている虫たちの目を覚ますといわれています。
虫たちの目を覚ます雷は、私たちに本格的な春の訪れを告げてくれるサインになります。
立春の後に始めて鳴る雷はちょうど蟄虫啓戸の時期に鳴ると、昔の人はちゃんとわかっていたのですね。
そのため虫出しの雷は季語になり、たくさんの俳句に使われています。
また日本各地で害虫駆除のために「こも巻き」が行われていますが、そのこもを外すのがこの時期になります。
こも巻きは江戸時代から続けられてきた害虫駆除の方法です。
わらで作ったこもを松の木の幹に巻いておくと、害虫の幼虫がその中で冬を越すと考えられており、蟄虫啓戸の時期に外したこもを焼き払うことで、害虫の駆除ができると考えられていました。
こもを巻いているのを見ると、これから冬が来るんだな、というしみじみとした思いにかられますが、実はこも巻きには害虫駆除の効果はほとんどないそうです。
実際には皇居などではこも巻きを中止したそうですが、今でもこも巻きを続けているところは、冬の風情を大切にしているから、という理由があるそうです。
3月のこの時期、女の子がいる家庭では雛祭りをお祝いした後かも知れませんね。
啓蟄の日にお雛様をしまう風習の地域があるそうです。
ウキウキとしながら飾る雛人形ですが、しまうのはつい後回しになってしまいがちです。
でも、雛人形は大切な我が子の厄を背負ってくれるものです。
雛祭りが終わった後も出しっぱなしにしていると、せっかく背負った厄がまた帰って来ると考えられます。
蟄虫啓戸の時期になったらすぐにしまう、と決めてしまえば案外すんなりお雛様をしまえるようになるかも知れませんね。
雛人形には湿気が大敵です。
蟄虫啓戸の時期に拘らず、よく晴れた湿気の少ない日を選ぶことも大切です。
「蟄虫啓戸」と対になる「蟄虫坏戸」もある!その使い方とは
昔の日本人は、春が来るからウキウキして、虫に注目していたわけではありません。
秋分の次候は「蟄虫坏戸」といいます。
読み方は「むしかくれてとをふさぐ」で、虫たちが地中に隠れて戸をふさいで閉じこもるという意味があります。
現在の暦では9月28日から10月2日頃に当たります。
私たちは今日の日付を知るためには、カレンダーを見る、スマホを見るなど、人間の手を借りなければならないと思っていますが、昔の人は小さな動物の行動からも今がいつなのか知ることができました。
蟄虫啓戸の時期になると本格的な春の訪れを感じ、暖かな季節の暮らしのために着物や寝具の支度をして、蟄虫坏戸の時期になると、冬支度の心づもりを始めた人が多かったのではないでしょうか。
生活に区切りを付けて、次の準備を行うために使うのが、蟄虫啓戸の使い方なのです。
この使い方は現在の私たちの生活にも有効です。
季節が変わることへの準備は、前もってしておかなければ意味がありません。
季節が変わってしまってから、着るものがないと騒ぐのでは遅いのです。
蟄虫啓戸を目安にすることで、生活が上手く回っていくようになります。
「虫」とともに生きてきた日本人!虫を見る目を大切にしたい!
昔から日本人は蝶やトンボを見て目を楽しませ、セミの声や鈴虫の声で耳を楽しませました。
そして蟄虫啓戸と蟄虫坏戸で季節の変化を知り、生活に役に立ててきました。
日本人は昆虫やその他の小動物とともに暮らしてきたことになります。
だからでしょうか、虫の字が入った言葉が今も多く残っています。
「虫の知らせ」、「虫が好く、好かない」、「虫の居所が悪い」などは誰でも一度は使ったり耳にしたことがあるのではないでしょうか。
この虫が昆虫のことだけを指すとは誰も思わないでしょう。
虫は日本人の心の中まで表す、便利な言葉であるとともに、無くてはならない存在だったのです。
昆虫はともかく、野生の動物なんて身の回りにはいないから、よくわからない、と思う人もいるかも知れませんね。
でも、よく見ると昆虫以外にもヤモリやヘビ、モグラにコウモリなどは都心でも生活しています。
彼らはみな冬の間は姿を見せませんが、蟄虫啓戸の時期から徐々に姿を表し、活動を始めます。
周りに動物がいないのではなく、見えていないだけかも知れません。
見る目がないと見えてこないものが、この世にはたくさんあることがわかります。
その目を失わないためにも、蟄虫啓戸を忘れたくないですね。
日本だけじゃなかった!アメリカ版・蟄虫啓戸、「グラウンドホッグ・デー」とは
春の訪れを動物に教えてもらっていたのは、日本人だけではありません。
かなり趣は違いますが、アメリカとカナダでは現在も春の訪れを占う「グラウンドホッグ・デー」というイベントが行われています。
グラウンドホッグというのはリスの1種ですが、これが冬眠から覚めて外に出たとき、自分の影を見ると春はまだ遠いといわれています。
グラウンドホッグは自分の影を見ると驚いて巣穴に戻ってしまい、再び冬眠するために春がまだ来ないと判断されるようですが、その真実は定かではありません。
春の訪れを告げる祭りをしたいだけ、という感じも受けますが、春を待ち望み、喜ぶ気持ちは私たちと変わらないのだと実感できますね。
このグラウンドホッグ・デーは意外にも歴史あるイベントで、1840年2月2日の記録が残っています。
ドイツからの移民によって始められたイベントで、本国のドイツではアナグマが主役だったようです。
日本でも外国でも、季節の移り変わりを教えてくれる一番よい先生は、小さな動物たちなのかも知れませんね。
まとめ
今回は七十二候の7番目、「蟄虫啓戸」の読み方や意味について解説しました。
実生活での使い方も説明しましたので、ぜひ役立ててくださいね。
その気になって屋外を観察していると、蟄虫啓戸を感じさせるたくさんの動物たちに出会うことができます。
そんな目を養っておくことは、長い人生の中で多くの楽しみを見付けることにつながり、最終的には大きなプラスになるでしょう。
また、外国でも動物の冬眠から春の訪れを感じることがわかり、親しみがわきましたね。
動物たちが活動を始める蟄虫啓戸の時期に、人間である私たちも何か新しいことを始めるのもよいかも知れませんね。